夏の空

「こら! 愛良(あいら)! 男の子と一緒になって木の棒なぞ振りまわして、おまえは男か!」
 こんな時に、ちっちゃい頃に近所のおじいちゃんに怒鳴られたことを思い出した。
 なんでなのか、なんとなく判る。
『なにをしておる、愛良! 子供のチャンバラではないぞ!』
 腰に下げてある魔剣、サロメのお小言が頭の中に飛んでくるからにちがいない。まったく、説教好きのじぃさんにはいつもいつも泣かされるよ。
『そのような余計なことを考える間があるなら、目の前の夢魔をたたき落とさんか』
 はいはい判ってますって。
 ここは夢の中。わたしは、悪い夢を見せて相手を弱らせて生命力を奪い取る夢魔と戦ってる。人知れず活躍する狩人なんだ。
 なんて言ったら妄想癖とかリアル中二の中二病とか言われちゃうから、友達とかにはナイショだけどね。
 で、なんで愛用の魔剣が腰に下がってるのかというと、強い敵としか戦わないとか言って鞘から抜けてくれないから。剣に宿ってる人格が、口うるさい上にめんどうくさがりのじぃさんだから仕方ないか。
『やかましい! 筒抜けだぞ』
 サロメが近くにあるとお互いの思考がバッチリつながっちゃうんだよね。いちいち言葉を交わさなくていいのは便利だけど、考えてみたら何でもかんでも漏れちゃうのって、プライバシーも何もあったもんじゃないよね。
『尻の青い子供がプライバシーだのなんだのと気にせんでよい。ほれ、来たぞ』
 いや、大いに気にするとこでしょ。ってかもうお尻青くないし。
 なんてやりとりをしていたら、目の前にやってきましたよ、夢魔の「核」が。こいつを倒さないと夢魔に「浸食」、まぁ言ってしまえばターゲットにされて命吸われてる人はずっと悪い夢を見続けて弱ってしまう。へたすりゃ死んじゃうんだよ。
 今回の夢魔の核は……。巨大扇風機と、金魚の絵の描いてある、これまた巨大な風鈴だ。毎度毎度、なんでこんなのが夢魔の核なんだろうって思うものばっかりだ。わけわかんない。
『おぬしの精神にあわせてくれとるんじゃないか?』
 何それ。つまりわたしはわけわかんないってこと?
「っるさいよ、このじじぃぃい!」
 罵倒しながらサロメを鞘から抜き放った。
 二対一だってへっちゃらだ! この怒りパワーがあれば!
 扇風機が最大風速ではじき返そうとしてくる。
 風鈴が風にあおられてけたたましく鳴り響いて集中力がなくなりそう。
「うおぉぉっ!」
 風鈴の騒音に負けないくらいの、それこそ「おまえは男か」と言われるような叫び声をあげて、わたしは思いっ切りジャンプした。
 サロメを横薙ぎに払って、まずは風鈴を黙らせる。一丁上がり!
 っと、扇風機の風が来た! 体勢悪いから不利だ。
 吹き飛ばされそうになったけど、ここは華麗に宙返り一回転。普段は絶対に無理な動きでも、精神力が体を動かしてくれる夢の中ならできちゃう。
 サロメを突き上げて扇風機の羽の中心の軸を狙う。
 けど、やっぱり核だけあって強かった。ただ突くだけじゃ切っ先がはじき返されちゃった。
 さらに扇風機は前面のカバーをぱかっと開けて、勢いよく回ってる羽を飛ばしてきた。
「力を解き放て、サロメ!」
 わたしの声に反応して、サロメの刀身が白く輝く。飛んできた巨大な羽を一刀両断。さらに本体に駆け寄って、サロメをうち下ろした。
 夢魔の核は光に包まれて、はじけ飛んで消えていく。よし、戦闘終了。完璧な勝利ね。
『ふむ、最初はへっぴり腰だったが、核との戦いはまずまずだな』
 あれ珍しい。サロメが褒めてくれてる。
『ただの口やかましいだけの陰険ジジィではないぞ』
「自分で言ってりゃ世話ないよ」
 笑って、サロメを鞘にしまった。

 夢魔退治は当然夜の間だから、お仕事のあった夜の次の日がちょっとキツい。
 夏休みなのをいい事に、午前中はだらだらーっと過ごした。
 世間は節電モードだけど、お父さんのお仕事場である病院は、まさかクーラー止めるわけにも行かなくて、そのしわ寄せがうちに来てる。陽の当らない一階の部屋で外にすだれをつって窓開けて扇風機をゆるーくつけて、寝っ転がりながらスイカ型のアイスをちびちび食べて過ごした。
 ふと扇風機を見て、昨夜の夢魔の核を思い出す。まさかこれ飛んできたりしないよね。
 夢魔は現実世界に出てきたりしないのは判ってるけど、なんかやな感じだし、そろそろお昼だから台所に移動した。
 っと、お父さんからのメモが机の上にあった。
 なになに? 買い物出る時に卵と麦茶と食パンも買ってきておいて、か。
 よーし、忙しいお父さんのために、この愛良ちゃんが昼食も作ってあげますか。
 わたしはかばんに財布を入れて、外に出た。
 ――暑っ!
 これぞ夏の日差しって感じで太陽が容赦なく照りつけてくる。セミがうるさいくらいに鳴く中、近所の家の庭のビニールプールでまっくろに日焼けした子供達が甲高い声をあげながら水遊びしてるのが、すっごくうらやましく見えるくらいに暑い。
 子供達がはねあげる水しぶきがキラキラしててきれい。
 ふと、夕立の後の虹を思い出した。そういや、ここしばらく夕立って降ってない。そろそろ降ってくれてもいいんじゃないかな。みんなゆだっちゃうよ。
 なんて考えながらスーパーに到着。クーラーの涼しい風が長い道のりを歩いてきたわたしをほめたたえるようにぎゅっと抱きしめてくれる。
 ここにサロメがいたら『たかが歩いて十分のどこが長い道のりだ』なんてつっこまれそうだけど。
 さぁって、買い物済ませようかな。買い物かごをとって、まずは野菜売り場で適当に何か……。
 あれ、剛志(つよし)じぃちゃんだ。
 剛志じぃちゃんは、昨日夢魔と戦ってる時にふと思い出した近所のおじいちゃん。口やかましいのは相変わらずだけど、さっきプールに入ってた子達に時々お菓子をあげてたり、最近ちょっと優しいところもあるのかなって思うことも増えた。
 じぃちゃんいくつだっけ。正確な歳は知らないけどもう八十ちかいはず。人間歳とったら丸くなるって本当なのかもしれない。
 じっと見てたら、剛志じぃちゃんがこっちに気付いたみたいで振り返ってきた。
「おぅ、愛良か。お父さんのおつかいか」
 結構体つきがたくましいから気にならなかったけど、しわとかシミとかますます増えたよね。それよりもちょっと声に元気がなさそうなのが気にかかる。
「うん。……あれ」
 じぃちゃん、うちの内科の薬袋持ってる。
「これか。ちょっと最近体がだるくてな。おまえんとこで診てもらったら、ちょっとした夏バテかもってさ。水分よく摂るように言われたよ」
 体がだるい、風邪じゃなさそう。もしかして、夢魔?
 でも夢魔って生命力たくましい生物んとこに寄りやすい傾向があるらしいんだよね。いくら歳のわりに元気だからって、じぃちゃんをターゲットにするかなぁ。
「夏バテなど情けない話だ。朝の日課の運動をもっと増やした方がいいかもしれん」
「朝に運動してるの?」
「腕立て、腹筋、鉄アレイをちょっとな」
「ちょっとってどれぐらい?」
「五十回ずつだ」
 訂正。夢魔が目をつけてもおかしくない。
「盆には孫が遊びにくるから、それまでには元気になっておかんとなぁ」
 じぃちゃんがつぶやいた。あぁ、顔がゆるんでる。
 まだ小学生の女の子だったっけ。頑固じぃちゃんも孫には甘々なんだろうなぁ。
「あんまり無理しちゃダメだよ」
「おまえに心配されるほど歳くっとらん。大丈夫だ」
 表情がびしっとなって、ピシャッと言われた。むっちゃ元気だよ。うん、やっぱり夢魔の仕業かも。
 じぃちゃんのことはちょっと気になるけど、いきなり「変な夢見たりしない?」って話をふるのも不自然だし、買い物を済ませてじぃちゃんとはその場で別れた。

 夜、病院の仕事が終わったお父さんにご飯を用意していたら、お父さんがなんだか申し訳なさそうな声で尋ねてきた。
「愛良。昨夜も夢魔退治してもらったのに連続で悪いけど、様子を見てきてほしいところがあるんだ。いいか?」
 お父さんは「夢見(ゆめみ)」って言って、狩人のように直接夢の中に入って夢魔を退治するのではなくて、狩人のサポート役のような事をしている。
 だから狩人と夢見はペアを組むの。当然わたしのパートナーはお父さんだ。本当はお母さんがお父さんのパートナーだったんだけど、お母さん、夢の中で行方不明になっちゃったからね。
「うん、夏休みだし別に大丈夫だよ。……もしかして患者さんの中に気になる人がいた?」
「そうなんだ。新田さんなんだけど」
 剛志じぃちゃんだ。
「やっぱり」
「やっぱり、って、おまえ新田さんに会ったのか?」
「うん。昼に買い物に行った時に。ちょっと元気ないなぁって思ってたんだ」
 お父さんは、そうか、とうなずいた。
 剛志じぃちゃんは、最近よく昔の夢を見るんだって。夢そのものはそんなに悪い夢じゃなくて、懐かしい気分になるらしいんだけど、昔の夢を見た日はなんだか疲れるって言ってたみたい。
 さすがお父さん、きっちり夢のこと聞きだしてる。内科のお医者さんも夢見のお仕事も完璧だね。
 とにかく、剛志じぃちゃんの夢の中に行ってみるしかない。
 夜中、サロメと竹刀をお父さんの部屋の鍵つきロッカーから取り出して準備する。
 服装は、いつものように動きやすさ重視だ。半袖シャツに半ズボン、髪もショートだからボーイッシュスタイルってやつだね。もちろん生足全開だよ。
 剛志じぃちゃんがこんな格好を見たら「なんだ、女の子がそんななりをしおって」とかお説教モードになりそう。そんなじぃちゃんが想像できて、思わずふふっと笑っちゃった。
 夢の中に行くには、夢見の力がいる。悪夢を見ている人に、大体百メートル以内ぐらいが目安らしいんだけど、近づいて、外からは見えないように結界を発動させてくれる。
 けど、お父さんは夢見としてもベテランだから、もうちょっと離れててもいいみたい。剛志じぃちゃんは近所だから、今回は家の中から出撃だ。人目を忍ぶための結界もいらない。
「準備はいいか、愛良」
「オッケーだよ」
 いつものやりとりの後、お父さんがしゃがんで床の近くで手を広げる。
 床に、白い光がぼうっと出てきて渦を巻く。これが夢の世界へのトンネルだ。
「それじゃ、行ってきまーす」
 散歩に行くみたいに気楽に挨拶して渦巻きに飛び込んだ。いざ、夢の中へ。
 青空が、太陽が、光に照らされた緑がまぶしい。空が広いなぁ。
 夢の中も夏みたいだね。蝉の声が聞こえる。
 辺りをぐるっと見てみる。どこかの田舎町って感じだ。道は舗装されてないし、家はみんな木造だ。田んぼがたくさんあって、麦わら帽子をかぶった人達が農作業してる。擦り切れたタンクトップに半ズボンの子供もお手伝いだ。お手伝いそっちのけで走り回ってる子達もいる。
『あれはタンクトップではなくて下着のシャツだな。……おそらくこの夢の中は戦争中の頃だろう』
「戦争、って、昭和の初めの頃にあった?」
『そうだ。剛志じぃさんの子供の頃の夢に違いない』
 そう言えば昔の夢を見るって言ってたんだったっけ。
 じぃちゃんの子供の頃か。どんなだったんだろう。今でもあんなに元気なんだから、わんぱくでガキ大将で、いっつも泥んこで遊んでるような子だったのかな。
 っと、前から誰か来た。
 優しそうな笑顔のお母さんと子供が二人だ。お母さんはあずき色の着物の上にエプロンかけてる。子供はお姉ちゃんと弟かな。小学校高学年ぐらいのお姉ちゃんは半袖シャツと、ちょっとふっくらしたズボンをはいてる。低学年ぐらいの弟くんはシャツと、半ズボンだ。
 昭和って言われてみたらなるほど、なんか服の色とか雰囲気とかが昔っぽいね。
『母親のはどっちかというとエプロンではなくて割烹着だな。子供のズボンは、もんぺという』
「もんぺ? モンスターペアレント?」
『そのモンペじゃないわい。ほれ、すその部分が絞ってあるだろう。あれがもんぺの特徴だ』
 ふぅん。それにしてもサロメ、よく知ってるなぁ。
『ワシは長生きだからな。さまざまな国のさまざまな時代のことに詳しいぞ』
 果たして剣に「長生き」が当てはまるかどうかは判んないけど、じゃあ、サロメに聞いたら歴史の宿題なんて簡単にできちゃうな。
『そんなズルにワシが知恵を貸すと思うてか?』
 思わない。ケチだもん。
 なんてやりとりをしているうちに、親子三人はわたしのそばを通り過ぎた。向こうにはこっちが見えてないみたいで完全スルーだった。
 ……ちりちりと、いやな感覚がした。夢魔の気配だ。
 あの三人のうちの誰かが、ううん、もしかしたらみんな夢魔?
 すごく仲良さそうな家族で、幸せそうな笑顔なのに。
 ふと、母親が空を仰いだ。
 何? なんとも言えない不安な気持ちが、ぶわっと胸いっぱいに広がった。
『来るぞ』
 サロメの一声を待ってたかのように、がらっと景色が変わった。
 赤、黄色、オレンジ色、そして黒。
 ――熱い! ごうごうとすごい音。
 燃えてるんだ、家が。わたしは道の真ん中で燃える家に挟まれてる。
 火の粉が降ってくる。柱だった木が燃えながら倒れてくる。瓦が音を立てて落ちてくる。
 逃げ惑う人達の助けを求める悲鳴と、泣き声があちこちから聞こえる。
 とにかく熱い、息が苦しい。
 空の上の方ですごい音がする。思わず見上げたら煙の向こうにきらりと何かが見えた。
 あれは、飛行機だ。
 とりあえず逃げないと。
 走って、火事の場所から離れたら、後ろで爆発する音がして地面が揺れた。何が起こったんだろう。
『空襲だな』
 空襲……。これが、空襲。
 怖いよ。いやだ、こんなとこいたくない。これが昔の日本で起こった出来事なんだ。
 ビビってるわたしの後ろ、炎の中から男の子の悲鳴が、ううん、絶叫が聞こえてきた。
「母ちゃん! 姉ちゃん! 死んじゃいやだぁ、立ってよ! いっしょに逃げようよ!」
 涙交じりの声に、わたしは、判ってしまった。さっきすれ違った男の子の家族は空爆で死んでしまったんだって。
 そしてあの男の子が剛志じぃちゃんの子供の頃の姿なんだろう、って。
 ふり返れない。想像が当たってるならなおさら、見たくない。
 第二次世界大戦って言われてる戦争で、日本でも人がたくさん死んだって、学校で習ってて知ってた。
 でも、それは知ってるうちに入らなかったんだ。体験した人の記憶の再現である夢は、机に向かって習うものとは比べ物にならない。
 まだ聞こえる、誰かも判らない人の悲鳴が、うめき声が、泣き声が。
 剛志じぃちゃんの声もする。
 悲しすぎる。
 涙が出てきた。どうしよう、わたし、無力だ。何もできない。ここから走って逃げたいよ。
 足が震える。後ろに戻らないといけないのは判ってるのに、前に行こうとする。
 夢の中では精神力が体を動かす源だ。帰りたいって思ってるから、体がそれに従おうとしてるんだ。
『愛良! これ以上剛志の夢から離れるな! お主の役目を思い出せ』
 判ってる。夢魔を見つけて戦わないと、やっつけないと。でも後ろを見たくない。
『えぇい、ふがいない娘だ。お主が戦わねば剛志はいつまでもこんな夢を見続けて、弱って死んでしまうのだぞ。それでもいいのか?』
 剛志じぃちゃんが、死んじゃう。
 それは、駄目。お盆には孫に会うんだから。孫のこと話す時にあんなに目じり下げてニヤけちゃって、それぐらい楽しみにしてるんだから。
 奮い立て、わたしの勇気!
 ぐっと拳を握って、涙をぬぐって、足に力を入れて、勢いをつけて振り返った。
 暗闇だ。さっきまでの恐ろしい光景が嘘みたいに、静かで何もない。
 驚いたけど、ちょっと、ほっとした。でもみんなどこに行ったんだろう。夢魔は?
 まさか現実の剛志じぃちゃんの目が覚めちゃったってことはないよね?
『まだ夢の中だ。意識を集中しろ』
 サロメに言われて、じっと虚無の中に目を凝らす。
 何かの気配を感じた。あの、ちりちりと嫌な感じ。わたしはサロメの柄をぐっと握り締めたまま、そろそろとそっちに近づいて行った。
“どうして、どうしておまえだけ”
 声がする。女の人の声だ。
“わたし達だって生きていたかった”
 また別の声。これは女の子か。
“ひとりだけのうのうと生き残って、平和で幸せな暮らしなんて”
 二人の声が重なる。
 悲しみ、恨み、嘆き。そんなマイナスの感情が渦巻いてる。
 ふと気付くと、剛志じぃちゃんがぼーっと座ってる。目から涙を流して空を見上げている。
 じぃちゃんの目線の先に、さっき見た母親と女の子がいた。髪がぼさぼさになって、服がボロボロで体中にやけどをしていて、思わずひっと声が漏れた。
「……すまない、母ちゃん、姉ちゃん……」
 剛志じぃちゃんが力のない声で謝った。悲しみの感情が、じぃちゃんから噴きだしている。
“おまえも、一緒に行こう。前みたいにみんなで仲良く暮らそう”
 母親が焼けただれた手をじぃちゃんに伸ばす。じぃちゃんは逃げることなくその手を受け入れようとしてる。
 ――違う! そんなの違う!
 かっと頭の中が熱くなった。
「駄目だよ! 夢魔の言うことなんか聞いたら」
 思わず叫んだ。
「本当のお母さんが、お姉さんが、そんなこと思うわけないじゃん! あんなに優しそうなお母さんとお姉さんが、じぃちゃんも死ねばいいなんて思ってるわけないよ。そりゃ死ぬ時は痛かっただろうし苦しかっただろうけど、じぃちゃんだけでも生き残ってよかったって思ってるよ。きっと今だって天国で、じぃちゃんが幸せに暮らしてるのを喜んでるよ。じぃちゃんしっかりしてよ。お盆にお孫さんに会うんでしょ。元気にならなきゃ!」
 まくしたてながら、涙がまた出てきた。でも悲しみの涙とは違う。人の思い出にかこつけて苦しめる夢魔に頭の血管がキレそうなぐらいだ。
 これは怒りの涙。夢魔、許さない。
「力を解き放て、サロメ!」
 思い切りサロメを鞘から引き抜いた。きらりと力強く輝くサロメの刀身が心強い。
 きっと思いもよらない邪魔に驚いてるんだろう、夢魔が動きを止めた。
 わたしは、手前にいた女の子の方にサロメをつきたてた。
 耳ざわりな甲高い声をあげながら、女の子が光にのまれて消える。
 空気がざわりと動いた。これは夢魔の怒りなんだろうか。
 母親の方がうなり声をあげて形を変えて行く。長い爪をもった二足歩行の化け物になった。さっきまでの母親の面影なんて微塵もない。これが正体か。
『夢魔に「本来の姿」などない。おそらくこれがこ奴の一番動きやすい姿なのだろう。一部を破壊したとはいえ、油断するな』
 つまり一番強い形態ってことだね。
 化け物が腕を振り上げ、爪でひっかこうとしてくる。速い。
 サロメで受け止めて、少し後ろに下がる。追いかけるように化け物が迫ってくる。
 まずい、相手のペースだ。
 化け物が腕を振り回すたびにびゅんびゅん音がする。なんとか攻撃をかわしてるけど、反撃ができない。何とか相手の懐に飛び込めたら。
『これだけの速さ。お主のへっぽこな動きでは隙をつくのは難しいぞ』
 悪かったねへっぽこぴーて。ならこれでどうだ!
 ザコ戦用にと持ってきていた竹刀を左手に持った。化け物の腕を竹刀で受け止める。左腕がじぃんとしびれて痛いけどかまうもんか。
 今がチャンス! ガラ空きの腹に、サロメの切っ先を向けた。
「じぃちゃんの思い出を汚すな。消えてなくなれ!」
 思い切りサロメを振り上げた。
 相手をとらえる確かな手ごたえの後、夢魔は白い光に包まれて、四散した。
 闇が晴れていく。
 青い空に白い大きな雲、田んぼで作業する人達、昔の家々が見える。
 広くて綺麗な青空。うん、これが本当のじぃちゃんの夢だ。
 子どもの頃の剛志じぃちゃん達三人と、またすれ違った。
「母ちゃん、今日のご飯なんだ?」
「今日は鯵を焼くよ。あとはきゅうりとトマトね」
「腹へったよー。早くしてね」
 剛志じぃちゃん達が笑顔で通りすぎてく。よかった、これでもう悪夢を見ることはないね。
「……さ、帰らないと」
 サロメをしまって、白い渦巻トンネルに走って行った。

 夢魔退治の次の日はやっぱり疲れる。しかも二日連続だし、昨夜のはなんて言うか強烈だったし。
 友達にプールに誘われたけどパスしちゃった。せっかくの遊びの誘いなのにちょっともったいない気もするけど、仕方ないよね。
 でもずーっとゴロゴロしてるのも性に合わないから、夕方に庭に出て朝顔に水をやることにした。これが終わったら買い物にでも行こうかな。
「なんだ、愛良。疲れた顔をしてからに。若いもんが、もっとシャキっとせんか」
 突然呼びかけられてびっくりした。
 門の外に剛志じぃちゃんがいる。元気そうな顔だ。
「じぃちゃんは、元気そうだね」
「おぅ。夏バテなど吹き飛んだわ。やはり朝の日課の回数を増やしたのがよかったのかもな」
「それはよかったね」
 まさか夢魔の話なんかできないから、はいはい、と適当にあわせておいた。
「ときに愛良。昨夜の夢におまえさんが出てきたぞ」
 えっ? まさか、夢魔との戦いのこと、覚えてるの?
「あんまり覚えとらんが、剣かなにかを持って暴れておった。おまえがおてんばだからワシの夢に出てくるおまえまでこうなってしまったぞ。それに、強ければそれはそれで問題ないんだが、へっぴり腰でなぁ。あれならワシの方がまだ強いわぃ、とハラハラしたぞ」
 ちょ、ちょっと。夢魔から助けてあげたのに、それはひどいよ。
 がくーっとうなだれたわたしに、じぃちゃんは笑った。
「でもな、なぜだかおまえさんには礼を言った方がいいような気がしてな。よぅ判らんが、ありがとうな」
 ……嬉しい。努力が報われたよ。思わずニヤけそうになった。
「お、お礼を言われるようなことはわたし何もしてないよ。じぃちゃんの夢だし。それより、よかったね。これでお孫さんとたっぷり遊べるよね」
「そうだな。浴衣を買ってやって、盆踊りにでも連れて行ってやるかなぁ」
 ああぁ、すごいデレ顔。
 じぃちゃんは、デレデレした顔のまま、それじゃあなと言って帰って行った。
 さ、わたしも気分がよくなったところで買い物に行きますかぁ。
 足取り軽く階段を上って部屋にお財布を取りに行こうとしたら。
『あれぐらいで調子づくな。もっと精進せぃ』
 うぅわっ! びっくりしたぁ。
 お父さんの部屋の前で、サロメに話しかけられた。近くにいるだけで思考だだもれって、いつものことながらプライバシーも何もないよなぁ。
『そんなことに気を回さんでいい。剛志の言う通り、今はお主より彼の方が強いかもしれんぞ』
「何よぅ。夢の中ならじぃちゃんの攻撃ぐらいかわせるよ」
『精神力の勝負ならなおさら剛志が強いじゃないか。空爆に腰を抜かしてひぃひぃ言うておるお主じゃ勝てん』
 うっ。剣だけに痛いとこつついてくるわね。でもサロメの言う通りだよ。怖いビジョンにビビってちゃだめだよね。
「うん、頑張るよ。とりあえずはホラー映画とか恐怖映像とか見て精神を鍛えることにする」
『鍛え方が違う気がするのはワシだけか?』
 まだ何かブツブツ言ってるサロメは放っておいて、買い物だ。
 外に出て、ふと空を見上げた。茜色に染まったこの空は、あの昭和の夏のきらきらの空や恐ろしい空爆の空があってこそ、なんだよね。
 わたし、もっと強くなるよ。みんなの夏の空を守れるように。
 あ、もちろん春も秋も冬もだけど。
 そのために、レンタルビデオでホラー映画借りてこようっと。

(了)



 作品を気に入っていただけたら拍手をください。励みになります。


あとがき

 この作品は、sagittaさん主催の競作小説企画「第七回 夏祭り」出展作品です。sagittaさん、毎年楽しい企画をありがとうございます。

 昨年の夏祭りでも書かせていただいた、愛良と魔剣サロメのシリーズです。
 このシリーズは近々「すべては夢のものがたり」として連載をしたいと考えております。昨年はいつか書きたい、とあとがきで述べていましたが、構想が随分できたので連載決定です。
 今まで書いてきた作品も編集して掲載する予定です。

 と、新作の宣伝はこれぐらいにして(笑)。
 今回はちょっと重めのテーマにしてみました。
 夢を扱うとこういったトラウマや悩みなども取り上げてシリアスにできるよね、と創作仲間さんもおっしゃっていたのを思い出して書いてみましたがいかがでしょう。

 それでは、次の作品で。

 2013年 8月15日

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