災厄は西の森に降れり

 みなさま、こんにちは。
 今日は「呪い」と言うものについて何か話をしてくれないか、というご要望でしたね。
 では、新しく聞き及びましたお話がありますので、その話をいたしましょう。
 これは、うっそうとした西の森の奥にすむ魔女が、ある男女にかけた呪いと、その結末についてのちょっとした物語です。

 アーニストとコーディリアは、周りもうらやむほどの仲の良い恋人同士です。まだ若い二人は、もちろん恥じらいというものも人並みに持ち合わせておりますが、それ以上にお互いのことが好きで好きで、つつしみをもって接していても、周りにその幸せをおすそ分けしているかのような、温かな雰囲気に包まれているのです。
 二人が通う学校の中はもちろん、二人の家の近隣でも彼らの仲の良さは有名です。
 その日も二人は微笑みを浮かべながら、手をつないでお出かけです。
「今日は、西の森だったね」
 アーニストは、青く澄んだ瞳でいとしい恋人を見つめて尋ねました。
「ええ。西の森の中の、開けたところにある花畑がとてもきれいだって話なの。部屋に飾る花を摘んで帰りたいのよ」
 コーディリアがにっこりと笑うと、愛くるしい笑顔にアーニストもつられて笑います。
 西の森は、ゆっくりと歩いて行くと町から一時間ほどかかる場所にあります。子ども達が親に内緒で探検ごっこをするのにちょうどいいぐらいの、木々が生い茂る大きくて少し暗い森です。
 森独特の山菜やキノコ、木の実や果物がよく採れるところでもあるのですが、大人達は必要以上に近づきません。
 なぜなら、森の奥には魔女がすんでいると言われているからです。いたずら好きな子ども達に「そんなに悪い子は西の森の魔女に呪われてしまうよ」と叱るのは、この近くの町の母親達の、それこそ魔法の言葉のようなものなのです。
 大人達の間でささやかれる魔女の噂はバラバラで、こちらが悪いことをしなければ何もしてこない、いやむしろ親切な女の子だ、というものもあれば、こちらの顔を見るなり、ぐにゃぐにゃと曲がった大きな杖を振りかざして襲いかかってきた怖いお婆さんだ、という話もあります。
 まだ少年少女から青年へとなったばかりのアーニストとコーディリアも、もちろん魔女の話は知っています。
 しかし二人は「悪い魔女なら騎士団がやってきてやっつけてしまうはず。そうしないということは噂ほどの悪い魔女ではないはずだ」と思っています。特にコーディリアは「きっと親切な女の子という噂の方が本当なのよ。もしそうなら、お友達になりたいわ」と、愛らしい瞳を輝かせているほどです。
 二人は森の中の小道を手をつないで歩きました。昼間なのに薄暗く感じますが、木々の間からところどころで地上に降り注ぐ陽の光は、町や平原で見るそれと違ってなんだか神秘的です。風が頬をそっとなでると気持ちがよくて、二人は自然と顔を見合わせて微笑みました。
 鳥達が、まるで二人を誘うかのように木々の上で軽やかに歌い、小道の脇には小さな花が揺れています。
「ただ道を歩くだけでこんなに素敵な場所なら、魔女の噂なんて気にしないでもっと早くにここに来ればよかったわ」
 コーディリアが声を弾ませます。
「すっかり森が気に入ったみたいだね、コディは」
 アーニストは、可愛い恋人の嬉しそうな姿に目を細めて笑いました。
「ええ。これならきっと、花畑はもっともっと素敵なところよ」
 コーディリアの予想は大当たりでした。森が深くなり、暗くなった道の先がぽっかりと明るくなっていて、太陽のスポットライトを浴びた広場には、色とりどりの珍しい花が咲き乱れています。
 コーディリアは感嘆の声をあげました。アーニストも、花畑の美しさに溜め息を漏らします。
「素敵なお花、少しだけ分けてくださいな」
 うっとりとした声で花達に話しかけて、コーディリアはしなやかな指で花を摘み取りました。束ねた茎に水で湿らせた綿を巻いて、色鮮やかなブーケの出来上がりです。
 花束に顔を寄せると、甘くて淡い香りが鼻をくすぐりました。
「これは、なんて花なのかしら、いい香り……」
 すっかり花に魅入られていたコーディリアは、ふと顔をあげました。つい先ほどまでそばにいたアーニストが見当たりません。驚いてあたりを見回すと、アーニストはコーディリアの真後ろで彼女に背を向けて、何やらごそごそとしています。
「アーニスト、何をしているの?」
 コーディリアが声をかけると、アーニストはくるりと振り返って微笑みました。
「ぼくの可愛いコディ姫に」
 そう言うと、彼はコーディリアの頭に花を編んで作った冠を乗せました。
 一体何が起こったのか最初は理解できなかったコーディリアですが、頭に手をやって花冠に触れると、花達に負けないほどの笑顔をその可憐な顔に咲かせました。
「気に入っていただけたかな? 姫」
「ええ、もちろんですわ」
 ちょっと気どった物言いをしてみせ、二人は笑いました。薄暗い森の中の、そこだけがぽっかりと陽の光に輝くステージの上で、この世の幸せを独占しているかのような彼らをもしも町の誰かが見かけたら、きっとほほえましく見守ってくれたことでしょう。
 しかし、彼らを見ていたのは、町の人ではありませんでした。
 花畑から少し奥まった所にある家の中で、木製の机の上に置かれた水晶玉を覗きこんでいるのは、噂の魔女です。
「ふん、何が姫だ。人の庭にずかずかと入ってきたと思ったら、いちゃいちゃいちゃいちゃしおって。胸糞悪い」
 魔女は、見たところアーニスト達と変わらない十代前半ほどのかわいらしい女の子です。しかし彼女の口から洩れる言葉は古風な響きがあります。見た目と実際の年齢がかけ離れているのです。
「礼儀知らずの者どもには、ちょいとお仕置きが必要だねぇ」
 魔女は水晶に両手をかざしました。そして、ごにょごにょと、人間には理解できない言葉でなにかをつぶやきます。彼女の青色の瞳が不気味に輝き、亜麻色の髪が風もないのにふわりと宙に揺れました。
「幸せを当てつける輩は爆ぜ飛べばよいのだ。本来なら最果て山に吹き飛ばしてやりたいところだが、これくらいで勘弁してやる。我が優しさに感謝するがよい」
 魔女は、水晶球に映る二人に、ふふんと鼻を鳴らしました。
 そんなことになっているとはつゆほども思わないアーニストとコーディリアは、それから間もなくして花畑を離れ、また手をつないで帰りました。
 素敵なひと時を過ごせたと満足顔で帰宅した二人ですが、数日もすれば何やら異変が起きているのだと気づきました。
 時間さえあえば毎日のように顔をあわせていた二人が、すれ違ってばかりで五日経っても十日経っても会えないのです。
 最初は、コーディリアの風邪でした。高熱にうかされながらアーニストの名前を呼ぶ娘を不憫に思った母親が彼を呼ぼうとしましたが、父親が許しませんでした。「このような高い熱を伴う風邪をアーニストにうつしたらそれこそコディが悲しむ」というのです。母親も、それはその通りと納得しました。
 コーディリアが元気になったのは、森に出かけてから四日も過ぎた夜のことでした。
 長らく恋人に会えなかったけれど、明日こそは学校で会える、と健康を取り戻したほんのりと赤い頬をさらに期待で紅潮させてコーディリアは就寝しました。
 ところが、次の日になってコーディリアが胸をときめかせて学校に行くと、彼女と入れ換わるようにアーニストがお休みです。隣町にいる親戚に不幸があったので二、三日休むのだそうです。
「コディ。せっかく風邪が治ったのにアーニストと会えなくて残念ね」
「アーニストがいなくて寂しいわね」
 学友たちが慰めるとコーディリアはうなずきました。
「ええ。でも仕方がないわ。彼が帰ってきたら、会えなかった分もたくさんお話しするわ」
 逢えない時間すらも次への楽しみにするコーディリアに、学友たちは「さすがコディ、けなげね」と微笑みます。
 明日には帰ってくるかしら、明日には、とコーディリアが待ち続けて五日が経ちました。
 二、三日戻らないとは聞いていましたが、さすがに心配になってきます。
「アーニストはまだ戻っていないのかい?」
 父親が心配そうに尋ねました。
「ええ。……何かあったの?」
「数日前に、街道に盗賊団が出たらしくてね。大規模な活動だったらしくて被害者がたくさん出たらしいんだよ。……まさかとは思うけれど……」
 父の話にコーディリアは真っ青になりました。
「それで、襲われてしまった人は?」
「隣町の医者に収容されたらしい。あそこはそれほど大きな施設はないから、医者が分担しているらしいよ。魔法学校とかがあれば治癒の魔法で治してもらえるのになぁ」
 魔法学校は大きな街に行かねばありません。怪我人を何日もかけて運ぶよりは一番近い町で医者が手当てをしようということになったようです。
「それじゃ、アーニストとお父様お母様は隣町のどこかのお医者様のお世話になっているかもしれないのね」
 そうとなっては、じっとしていられません。
「わたし、隣町に行きたいわ。連れて行って!」
 コーディリアの決意は固く、母親が連れていくことになりました。
 その様子を、水晶球を覗いていた西の森の魔女が見ています。
「おやおや、なかなか面白いことになってきたねぇ。二人が会えない呪いをかけたのだけれど、ここまでうまくいくとは」
 魔女は、くつくつと笑いました。
「飽きたらそのうち解いてやるさ。死人が出るような呪いでもなし、もう少し楽しませてもらうよ」
 嫉妬深い彼女は、森の花畑の二人の様子に怒って、彼らが会えなくなる呪いをかけたのでした。魔女は明らかにこの状況を楽しんでいます。飽きれば解くと言っていますが、しばらくは飽きそうにありません。
 そうとは知らないコーディリアは、次の日に早速母親と隣町に向けて出発しました。
 半日ほど乗合馬車に揺られて無事に到着すると、コーディリアは医者を探します。
「アーニスト? うちにはいないな」
「いらっしゃいませんね」
「他にもいないということは、もしかすると都の方に行ったのかもしれないよ。腕の骨が折れたとか、動けるけれど酷いけがの人達が何人か聖都の方に向かったという話を聞いたよ」
 夜になるまで町中の医者をめぐってみましたが、アーニストは見つかりません。医者の言うように、この町からさらに三日ほど離れたところにある聖都に行ってしまったのかもとコーディリアは思いました。
 どうしてもアーニストの安否を自分の目で確かめたいコーディリアは、聖都に向かうことにしました。
 一体アーニストはどこへ行ってしまったのでしょう。
 実は、彼はもう家に戻っていました。盗賊に遭遇したものの無事にやり過ごしたアーニストと両親は、一旦隣町に戻って宿泊して、街道が安全になったと聞いてから乗合馬車で帰ったのでした。コーディリアが出発したその日に、アーニストは家に戻っていたのです。
「え? コディがぼくを探して隣町に?」
 コーディリアの父に事情を聞いたアーニストは驚きました。
 すぐにでも隣町に引き返したいと思いましたが、ここで下手に動いてしまってはまた入れ違ってしまうと考え直して待つことにしました。
 次の日か、遅くてもその次の日に帰ってくるだろうと思っていたアーニストですが、三日経っても四日経ってもコーディリアは戻ってきません。
 それはそのはずです。アーニストは知りませんが、コーディリアは聖都に行ったのですから。
 もう最後にコーディリアに会ってから十五日も過ぎています。
 毎日のように顔をあわせ、愛をはぐくんでいる若いカップルにはまるで半年も一年も会っていないかのような悲劇です。
「そういえば、おまえ達、西の森に行ったんだって? もしかして魔女の仕業じゃないのか?」
 アーニストの友人、マートンがからかい半分で言いました。
「ぼく達、魔女に意地悪されるような悪いことはしていないと思うけれど」
「いや、噂だと魔女は嫉妬深いらしいぞ。二人が仲がいいからやきもちを焼いて悪戯をしたんじゃないか?」
「そんな……。もしそうだとしたら、どうしたらいいんだ?」
「一緒に行ってやろうか? 前から魔女には興味があったんだ。会えるものなら会ってみたいからな」
 マートンが大きな目をくりくりと興味深そうに動かして尋ねました。
 友人のありがたい申し出に、アーニストは頼ることにしました。
 学校が終わってから、アーニストとマートンは西の森に向かいます。
 あの日と同じように花畑までやって来て、アーニストはここでコーディリアと過ごした時のことを説明しました。
「コディが花を摘んでいたから、ぼくはこっそり花の冠を作ったんだ。それで、彼女の頭に乗せた。本当にお姫様みたいにかわいかったよ」
 アーニストが言うと、マートンは中途半端な笑顔になりました。
「……聞いてる方がはずかしっ」
「ん? 何か言った?」
「いや、なんでもない。それで? その後は?」
「その後は、すぐに帰ったよ」
 マートンは「ふぅん」と相槌を打って、辺りを見回しました。
「ん? あれってもしかして」
 マートンが花畑のさらに奥、木々の間にちらりと見える窓を発見しました。
 そこは他の場所よりもさらに木が密集しています。その中に小さな家があるのでした。
「あれが魔女の家じゃないか?」
 マートンがうきうきとした足取りで家に向かいます。アーニストは恐る恐る友達の後について行きました。
 木々に絡まれるように隠れている家の入り口を探しますが、どこからも入れそうにありません。
「ドアがないな。さすが魔女の家だ。魔法で開いたりするのかな」
 マートンがつぶやくと、その言葉を待っていたかのように目の前の木の幹にぽっかりと穴があきました
「ふん、若造のくせに鼻がきくじゃないか」
 穴の向こうに、まさに噂通りの魔女が立っています。見た目は十代前半のかわいらしい女の子です。しかしその声と口調はおばあさんのものです。
 アーニストは驚いて腰を抜かしそうになりました。
 その横でマートンはにっこりと笑ってお辞儀をします。
「始めまして、マートンと言います。こっちが友達のアーニストです」
 マートンの挨拶に、魔女はきょとんとしてから、笑いました。
「礼儀のいい子だね。いいだろう。お入り」
 マートンが穴の中に足を進めます。アーニストも入ろうとすると、穴からはじき出されてしまいました。
「おまえさんは外でお待ち」
 魔女がそう言うと、穴がまた閉じてしまいました。
 仕方がないのでアーニストは木に寄りかかって待つことにしました。
 魔女の家の中はマートンが思っていたよりも明るかったので驚きました。魔力で明るくしているのです。さすがは魔女の家だとマートンは一人で納得しました。
「それで? 大方の予想はついているが、何用だ?」
 魔女が木の椅子に座ってマートンを見上げます。
「多分、その予想通りだと思うのですが、アーニストとコーディリアにかけた魔法を解いてほしいんです」
 マートンが言うと、魔女は「やはりそうか」と言う顔になりました。
「きゃつらは我が庭で好き勝手した無礼者だ。ただで解いてやるわけにはいかんな」
 本当は飽きたら解呪してやろうと思っているのですが、魔女は意地悪く笑います。
「それは、本人達から詫びさせます。どうかお願いします」
 マートンは必死に頭を下げました。
「なぜおまえさんは他人のためにそうまでして頼むのだ。あの二人が会えようが会えまいが、おまえさんには関係なかろう」
「それはそうですけれど、おれはあの二人が幸せそうにしているのを見ると、なんだか嬉しくなるんです。それに、あなたのような可愛い魔女さんが人の困ることをやってるなんて、悲しすぎます」
「か、かわいい魔女さん、だと?」
 魔女はうろたえました。そのような褒め言葉はここ数十年、いや百年は聞いたことがありません。
「すみません、魔女さんという呼び方はお嫌ですか? でも名前を知らなくて……」
「我が名はブリゼットよ。しかと覚えておくといい」
「ブリゼット……。素敵な名前ですね」
 マートンは恥ずかしそうに頭を掻きました。噂に聞いていたより目の前の魔女、ブリゼットはずっと可愛いと、一目見た時から心が躍っていたのです。
「ふん、世辞ばかりを言って呪いを解かせようなどとは姑息な手よ」
 ブリゼットはそっぽを向きましたが、頬がかすかに赤くなっています。
「お世辞なんかじゃありません」
「ならば、これより毎日ここに来い。おまえの気持ちが本当ならばたやすかろう。話はそれからだ」
 ブリゼットの言葉にマートンは即うなずきました。
 マートンが魔女の家から出ると、アーニストは心配そうな顔で彼を迎えました。
「どうだった?」
「とりあえず数日ここに来ることになった。話はそれからだって。頑張ってみるよ」
 マートンの報告にアーニストは「ありがとう」と頭を下げました。
 二人が帰って行く後ろ姿をブリゼットは窓から見送ります。彼女の視線はマートンにだけ向けられていました。
 臆面もなく可愛いなどと言われて、ブリゼットの胸はまだドキドキと高なっています。
 これがときめき、これが恋心だっただろうかとブリゼットは考えてまた頬を赤く染めました。
「なるほど、このような心の昂りはなかなかに心地よいものだな。何十年かぶりに思い出したぞ」
 ブリゼットはつぶやきます。
 呪いを解いてもマートンが毎日来てくれると言うなら、あの二人の呪いをすぐに解いてもよいと思いました。
 しかし、マートンが気まぐれに褒め言葉を口にしただけなのかもしれないと思うと、やはり数日は彼の様子を見た方がいい、と考え直しました。
 次の日の同じ時刻、ブリゼットはマートンがやってくるのを今か今かと待ち続けます。
 今日はもう少し話をしよう。何の話がいいだろうか、とあれこれと考えます。
 ふと、家の外に人の気配を感じて、ブリゼットは喜んで扉を開きました。
 しかしそこに立っていたのは、マートンではなく、ブリゼットが呪いをかけた女の子でした。
 なぜおまえさんが、と問う間もなく、コーディリアはずかずかと家の中に入ってきます。
「お邪魔いたしますわ」
 コーディリアの声は、この前花畑でアーニストと話していた時とは打って変わって、迫力があります。
「何用だ?」
 よく確かめもせずに入り口を開いてしまったことを後悔しながら、ブリゼットはコーディリアに問いかけました。昨日と同じく、相手の要件は判っていたのですが。
「話さなくてもご存じですわね、西の森のブリゼットさん」
「まぁ大体の想像はつくが」
「ならば話は早いですね。すぐにアーニストとわたしにかけた呪いを解いてくださいませ」
 口ではお願いの形を取っていますが、コーディリアの表情は言う通りにしないとどうなるか判らないですよ、と言外に語っています。
「ふん、そのような顔で見ても駄目だ。マートンめ、約束を違えおって。あの者の誠実さにほだされてすぐに解いてやってもよいと思っておったが、気が変わったわ」
「マートンは関係ありません。わたしは聖都まで行き、魔法学校であなたのことを聞いて参ったのです。嫉妬深く、気に入らないことがあればその相手に呪いをかけるそうですね。わたし達が仲良くしていたのが気に入らなかったのですか?」
 図星を指されてブリゼットはむっとしました。
「人に幸せを当てつける輩は、最果て山に吹き飛ばしてやろうかと思ったが軽い呪いで済ませてやったのだ。ありがたく思うがいい」
「完全に逆恨みじゃないですか。お願いですから解いてください」
「断る」
 そのようなやりとりがしばらく続きました。
「……仕方ありませんね。こんな方法は取りたくなかったのですが……。あなた、先程、最果て山とおっしゃいましたね。当然、そこにいる魔王スチュのこともご存じなのでしょう」
 思いもよらない名前が目の前の娘から出てきたことにブリゼットは驚きます。
「魔王様を、スチュ様を呼び捨てるとは、なんと大それた不届きものだ」
「大それた不届きものは、あなたです。わたしが誰だか知りもしないで呪いなどと」
 コーディリアの言葉と、彼女が懐から出してきたものを見て、ブリゼットは腰を抜かしました。
 この様子を、先程到着したマートンが、窓の外から覗いていました。家の中の声は聞こえず、彼のいる場所からではコーディリアが何を出して見せたのかも判りません。しかしブリゼットの慌て驚きぶりは並大抵のものではないと判ります。
 何をしているのだろうかとマートンが覗いていると、ブリゼットが水晶玉を出してきて手をかざして、何かつぶやいているようです。コーディリアは当然だというように腕組みをしてうなずいています。
 ブリゼットが手を下すと、コーディリアが踵を返して家から出てきました。
 思わずマートンはさっと隠れました。コーディリアが彼に気づかずに行ってしまうと、ブリゼットの家を見ました。
 入り口のところでブリゼットが震えながら扉に寄りかかっています。昨日見た、堂々とした彼女とは全然違います。よほど怖い思いをしたのでしょう。
 一体、コーディリアは何をしたのでしょうか。
「あの、ブリゼットさん? 大丈夫ですか?」
 マートンが声をかけるとブリゼットがはっと顔をあげました。目じりにうっすらと涙が浮かんでいます。
「だ、大丈夫……、ではない」
「今コーディリアが来てましたよね。何が――」
「ならん! それ以上問うてはならん! おまえさんもあの者に関わらぬ方がよい。あれは恐ろしいおなごだ」
 ブリゼットが、首がちぎれんばかりに振ったので、マートンはそれ以上何も聞けませんでした。
 結局、何が起こったのか判らずにマートンは森を後にしました。
 街に戻ると、久しぶりに再会を果たした恋人二人が、この世の幸せを独占していますと言わんばかりの笑顔で熱い抱擁をかわしておりました。彼らの周りでは人々がほほえみを浮かべて見守っています。
「あぁ、コディ、会いたかったよ」
「わたしもよ、アーニスト」
「ぼく達が会えなかったのは西の森の魔女の仕業だったんだよ」
「そうなの? きっとわたし達があまりにも仲がいいからうらやましかったのね」
「こうして会えたってことは、マートンがうまくやってくれたんだな」
「マートンが? 会ったらお礼を言わないと」
 二人は、体を離してしまえばまた会えなくなってしまうとでも心配しているかのように、抱擁を解いてからもいつもよりべったりと寄り添っています。
 彼らを見て、「相変わらず仲がいいのね」と周りの人達は幸せのおすそ分けをもらったような笑顔です。
 しかしマートンは、今までのように笑えません。どのような手段を用いたのかは判らないにしても、コーディリアはブリゼットを恐怖に陥れて呪いを解かせる何かを持っているのを知ってしまったのですから。
「あら、噂をすればマートンじゃない」
 ふと、コーディリアと目があってしまって、彼女から話しかけられました。
「あ、あぁ、やっと会えて、よかったね」
 マートンはどうにか笑顔を浮かべました。
「やぁマートン、いろいろとありがとう」
「西の森の魔女さんにお願いしてくれたのよね」
「え? おれは別に何も……。っていうか呪いを解くように言ったのは――」
「わたし達のため、よね?」
 アーニストの胸に頭をもたせかけたまま顔だけをマートンに向けて、コーディリアが笑います。目だけがマートンの心臓を射抜くかのように鋭く光りました。いえ、光ったかのように見えたのはマートンだけですが、彼はひくっと息をのみました。
「うっ、えっ、そ、そうだよ。ははは」
 恐怖心から笑いが漏れます。
「とにかく、ありがとうマートン」
 花が咲きほころぶ笑顔でコーディリアが言うと、アーニストと腕を組んで歩いて去って行きました。きっと今まで会えなかった分、濃密な時間を過ごすことでしょう。
 アーニストでなくとも守ってあげたいと思わせるかわいらしいコーディリアが、西の森の魔女を震え上がらせたなどと信じられませんが、先程マートンに見せた視線が、今まで知らなかった彼女を物語っていました。
「……女は怖いってよく言われるのが判った気がする」
 思わず腕を抱えてぶるっと震えるマートンでした。

 それからというもの、西の森の魔女が人々にいたずらに魔法をかけるということはなくなりました。
 マートンが時々様子を見に行くと、ブリゼットは大人しく庭の手入れをしたり、魔法の薬を作ったりしているようです。
 自分のかけた呪いのために怖い思いをして縮こまる魔女はまさに呪詛返しにあったと言えるでしょう。
 コーディリアが一体何者なのか、話せば私にまで災いがきそうなので、皆さまのご想像にお任せいたします。
 え? マートンとブリゼットですか? その後も仲良くしているようです。ブリゼットが人に呪いをかけなくなったのは、そのおかげもあるかもしれませんね。
 それでは、ご清聴ありがとうございました。

(了)


 作品を気に入っていただけたら拍手をください。励みになります。

あとがき

 この作品は、サイト開設13周年の記念リクエストで書き上げました。いただいたお題は「とある呪いで逢うことの叶わない男女」です。
 大まかなストーリーとキャラクターは、すぐに決まりました。
 しかし山場となる、呪いをどうやって解かせるの方法で考えが二転三転いたしました。
 結局、ぼかしてみるのも面白そうだ、と、結末をはっきりと表記するのが好きなわたしにしては珍しく、謎のままで終わらせることになりました。たまにはこのような結末も面白いですね。

 比紗由さん、リクエストありがとうございました。
 それでは、また次の作品で。

2013年 7月 5日 脱稿
2013年 7月 7日 編集

inserted by FC2 system