雪をすくう温かい手

 秋は物悲しい季節、別れの季節って言 うよね。
 別れと言えば春もそうだけど、卒業とかが絡んで、なんとなく温かい風も吹いてて、まだ未来ある別れっぽくて、わたしは嫌いじゃない。でも秋の別れって最 悪。景色はさびしいし、風が冷たい。寒い日なんて木枯らしっぽいでしょ。冷たいよ。体が冷える上に心までいてつきそう。
「なんで、って、……う〜ん、小雪(こゆき)のこと嫌いになったわけじゃないけど。あえて言うなら“女性”として見れなくなってっていうか」
 目の前の男が、冷たい言葉を遠慮のかけらもなしに吐き出している。申し訳なさそうに、頭なんて掻いて。
「判ったよ。もういい。じゃ、さよなら」
 それ以上聞きたくないから、あっさりとさえぎってやった。ぷいと後ろ向いて、そのまま置き去りにしてやった。
 だからあいつは知らないね。わたしが泣いたなんて。本当はすがり付いて「別れないでよ」って言いたかったなんて。
 でもサークルではきっとまた会うし、こじれたくない。別れはあっさりした方が、これからのためだ。
 なんで、ふられた方がこんなこと気遣ってるんだろう? ううん、理由は判ってる。また復活しないか、なんて淡い期待を持ってるんだ、わたし。 嫌いになったんじゃないなら、そのうちまた、なんてね。
 あぁあ、クリスマスの予定、空いちゃったなぁ。
 家に帰ったらもっとさびしくなった。だから、友達にいっせいにメール出した。誰かヒマな人いる? って。
 でもこういうときって、とことん間が悪い。みんな「ごめ〜ん。今日無理〜」って。しょうがない。気を紛らわせるためにゲームでもしようか。
 いつもは楽しいはずのアクションゲーム。今日はぜんぜん身が入らないや。やーめた。テレビでも見よう。
 適当にリモコンでチャンネルを変えていると、携帯にメールが着信した。
『ヒマです。当日に呼び出しなんて珍しいですね?』
 あ、失恋の愚痴聞き犠牲者登場。ありがたく彼を呼び出すことにした。

 あわれな犠牲者、遠藤久史(えんどうひさし)くんと落ち合ったのは居酒屋のチェーン店。
 週末の夜とあって結構な賑わい。他の客は宴会やら打ち上げやらで盛り上がっている。いいなぁ陽気に騒げて。
 遠藤くんはわたしより二歳年下の二十歳。ずっと通っているサークルのメンバーの一人で、話が合う人だ。といっても趣味の話くらいしかしたことないけれ ど。
 ハンサム、とは言えないかもしれないけど、人好きする顔だと思う。身長はわたしより十センチ弱高い。考えてみたら、横に並んで歩くにはけっこういいバラ ン スだよね。
 でもずっと友人で、恋愛感情を抱いたことはない。なんていうか、男女の仲になるより、友達でいるほうが楽な感じがして。彼氏、あ、もう元彼か、あいつと 付き合っているときも結構気楽に話していたし。
「急に呼び出してごめんね〜」
 席に通されて、座った瞬間に謝っておいた。だってこれから愚痴大会だもんね。
「いいよ。暇だったし」
 にこやかな遠藤くん。……そんな顔されると、話しづらいなぁ。
 ところがこっちの気遣いなど一蹴する目の前の友人。
「デート、ドタキャンされちゃった?」
「今日どころか、未来永劫、キャンセルされちゃったよ」
 あっけらかんと言ったつもりだったけど、遠藤くんは「え?」と言った後に心配そうな顔つきになっちゃった。つらそうな顔していたのかなぁ。
「別れちゃったのか。……なんで?」
「ふられちゃった。女として見れないんだって。まぁしょうがないか、こんな性格だしさ。かわいげないよね〜。だいたい、苗字がいけないわ。東郷(とうご う)なんて強そうな響きだしさ。名は体をあらわすって、あってるよね。ニックネームも『ゆきねぇ』でしょ? もうアネゴ肌バリバリで、さ」
 一気にそこまで話して、悲しくなってきた。そんなわたしでも、あいつの前では女の子しているって思ってた。そういうところを好きになってくれたんだっ て。それなのに、否定されちゃったよ。
 あ、あぁ。ダメだよ、こんなところで泣いたら。呼び出されて、愚痴聞かされた上に泣かれちゃ遠藤くん迷惑だよ。
 だったら黙ればいいんだろうけど、ここで言葉切っちゃったら余計に泣けてきそうだし。
「でもさぁ、何もこんな薄ら寒い季節に別れんでもいいと思わへん? ……あ、そうか、もうすぐわたしの誕生日だし十二月はクリスマスだし、きっとプレゼン トとか面倒くさくなったんだ。だからこの時期に――」
 必死にこらえて、笑顔で話してたけど、もう限界。
 ぽろ、っと、涙が右目から溢れ出てきた。次の瞬間には左目からも。
「あ、あらら? ちょっと、やだ。ゴメン。……何やってんだろ、わたし……」
 笑顔を顔に張り付かせながら、あたふたとハンカチを探すわたしの姿はさぞこっけいだろう。呆れちゃったよね遠藤くん。
 震える手でハンカチを出してきて目に押し当てた。しばらくそのまま声を殺して涙した。
 遠藤くんは何も言わない。きっと困ってるんだろうな。
「ゴメンね。こんなんやから、ふられるんだよね。らしくないよね」
 そう言って顔を上げた。怒ってるかなと思っていた遠藤くんは、予想に反して心配そうにこっちを見ていた。
「ゆきねぇ、無理しなくていいよ」
 優しさが、とっても心地よく感じた。だから余計に迷惑かけたくなかった。こんな時に素直に泣かないのはやっぱりかわいげないんだろうけど。
「ううん。もういい。聞いてもらって、ちょっと泣いたら、すっきりしちゃった」
「本当に?」
「ほんとほんと。それにさ、あのまま泣いてたら遠藤くんが誤解されちゃうよ? 恋人の痴話喧嘩って。そんなん嫌でしょ?」
 茶化してやると、遠藤くんは苦笑いした。
「それは、……うん、そうやねぇ……」
 ほら、やっぱ迷惑じゃない。あいまいにしちゃってるのが優しい男たるところだけど。
「ってことで、この話、おしまい。せっかく飲みにきたんだから楽しい話しよ?」
 優しい友人は、わたしの言葉にうなずいて笑った。
 結局、愚痴はちょっとの間だけで、その後二時間くらいは、いつものように趣味の話で盛り上がった。
 失恋の痛手の中にいるときでさえ、他人に気を遣うわたしって、やっぱり名前のとおり強くて、姐御肌なんだなとつくづく思った。

 ヤツにふられてからちょうど一週間後が次のサークルの活動日だ。
 この一週間、正直言って空元気だけでやり過ごしてきたって感じで、まだ全然心の整理はついていないんだよね。
 でもヤツのこと引きずってるから来ないんだ、なんて思われるのも悔しいから、行くことにした。
 ヤツは、なんか普通に話し掛けてきたりで、何を考えているんだか判らない。全然わたしには未練がないってこと? まあそうでなければふったりしないんだ ろうけど、ちょっとは気まずく思わないのかな。
 何人かは、わたしとヤツが別れたかもって気づいたみたいで、コッソリと聞いてきた人もいる。平気なふりして「理由はあっちに聞いてよ」って話ふってやっ た。ちょっとは困れ。
 でもヤツは、まったく困っている様子もなく「なんとなく〜」などとやり過ごしている。
 なんとなくで別れられたのか、わたしは。
 むかっ腹がたったので、トイレに立った。
 顔をぺちぺちと叩いて、気合の入れなおし。油断したらついついヤツを目で追ってしまう。もちろんやり直したいけど、今そんなそぶりを見せちゃダメだって ことは、過去の失恋で経験済み。
 元々化粧っ気はそれほどないんだけど、泣かないためにと今日はちょっとがんばってメイクしてきた。友達に言ったらきっと化粧の目的が違うとツッコミが飛 んでくるんだろうな。何せここは大阪の大学。ツッコミならまかせとき、って子は、そこらへんにゴロゴロしてるし。
 その、ツッコミどころ満載の気合メイクをちょっと直して、みんなのところに戻ろうと思った。
「で、実のところなんでゆきねぇと別れたん?」
 廊下で、遠藤くんの声がする。思わずまたトイレにひっこんで聞き耳を立ててしまうわたしは悪い女だな。
「実はさ、新しい彼女ができてさ。ゆきねぇは嫌いやないけど、彼女と比べたら色気なくて。だからまあ言っちゃえば乗り換えたってとこ」
 ヤツが笑いを混ぜて答えてる。
 あぁそういうこと。いいよ別に。女の子らしくないことは自覚してる。それに関してはもうあきらめの境地というか。こっちにも「非」はあるわけで。
 微妙に二股かけられていた時期があるのは腹が立つけど。
「ゆきねぇだって、十分女の子してると思うけどな」
 遠藤くんがフォローしてくれてる。ありがと。やっぱり優しいよね。
「え〜? ヒサ、ひょっとしてゆきねぇのこと好き? 今フリーやし狙ってみたら? と言っても、ふられたってのに、むっちゃサバサバしてる人やから手ごわ いと思うけどね。ま〜がんばれよ」
 かちん、ときた。
 でもここで飛び出すのも気まずいかなと踏みとどまる。盗み聞きはもっと気まずいんだけど……。
「おまえな、ゆきねぇは……」
 遠藤くんは怒ったような声で言いかけて、とめた。何を言いたかったんだろう。
「おまえさ、彼女のどこ見て付き合ってたん?」
 気を取り直したかのような遠藤くんの問いかけ。
「どこ、って……。改めて聞かれると困るなぁ。彼女から告って来たわけやし、嫌いじゃなかったから。まぁ、楽しかったよ。いい退屈しのぎにはなったか なぁ」
 ……最低。百年の恋もいっぺんに冷める言葉だ。それどころか腹が立ってきた。かわいさあまって憎さ百倍とはよく言ったものだ。
「サイテーだな、おまえ」
 遠藤くんの声が、また怒っている。まるでわたしの心を代弁するみたいに。
「あ、やっぱり好きなんやな〜。そんなにムキになって」
 ヤツは相変わらずへらへらと笑ってるみたい。
 もう、我慢限界!
 飛び出そうとしたとき、鈍い音がして、また足を止めた。
「い……ってぇ! なんだよ、殴ることないやろっ!」
 ヤツが怒鳴る。遠藤くん、あいつを殴ったんだ。
 ……なんか、不謹慎だけど、うれしいと思った。
「人の気持ち踏みにじっといて平気な顔しているおまえが悪い。ゆきねぇ、きっとおまえの今の言葉聞いたら、おんなじふうにしただろうな」
 そのやり取りを最後に、遠藤くんが離れていく。あとには、そこらを蹴りまくって怒りを発散しているヤツがいた。
 こんなアホに心許してたんだわたし。がっかりだよ。
 サークルの部屋に戻ったけど、とてもじゃないけど今日はこれ以上遊ぶ気になれない。友達には「気分が悪くなったから帰る」とだけ伝えて、荷物をまとめて 部屋を出た。
 それからしばらく、いらいらしたり、落ち込んだり、精神的に落ち着かなかった。卒業論文やレポートの作成に忙しいという理由でサークルにも顔を出さない で、このままフェードアウトかなぁ、なんて思っていた。
 遠藤くんとヤツとのやり取りはサークルの中でうわさになったらしい。女友達がこっそり教えてくれた。なのでますます出づらくなってしまった。サークルの みんなは遠藤くんの言い分が正しいって言ってくれているみたいで、ヤツも参加しなくなってきているみたいだ。
 日ごろの鬱憤の発散場所だと思っていたサークルの人間関係で、こんなことになったのは悲しいけれど、しょうがないよね。
 遠藤くんと会って、あのときのことのお礼を言いたい。そんなふうに怒ってくれて、うれしかったって。でもやっぱり、今は無理っぽい。
 女友達は、わたしが荒れているから慰めようとしてくれているのか。たまに遊びに連れ出してくれる。あぁこういう時に友情のありがたさを痛感する。
 携帯にメールが着信した。また女友達からだと信じて疑ってなかったので差出人の名前を見て驚いた。
 遠藤くんだった。「今日ヒマなら会いませんか?」って。
 どうしよう。ヒマだけど……。でも何の用だろう?
 たっぷり五分くらい悩んでから、返信。
「とりあえずヒマだよ。珍しいね当日に呼び出しなんて?」
 すぐにメールが返ってきた。この前の居酒屋に行こうというお誘いだった。
 会えるんだ。……なんだかほっとしている自分に気づいて、首を振った。
 気にしているけど、これは恋じゃない。だってわたし、まだあいつとのこと、引きずってる。そんな時に優しくしてくれたから、ちょっと甘えているだけ。
 とにかく行かなきゃ。身支度して家を出た。

 居酒屋の前に着くと、中から相変わらず陽気な騒ぎ声が聞こえてくる。まあ本来それが当たり前なわけで。
 遠藤くんはわたしを見るとにこっと笑った。いつもみんなと遊んでいるときとおんなじ顔だ。とりあえず安心した。
 中に入って、席に通される。偶然にも、この前の同じところ。あのときのことが思い出されてなんだか複雑。違う席がよかった。いや、どうせなら違う店がよ かったのだがそれは考えないでおこう。
「ごめんね急に呼び出して」
 あの時とは逆で、遠藤くんから声がかかる。
「いいよ、どうせヒマだったし。で? どうしたの? 今度は遠藤くんの愚痴大会かな?」
 彼がいつもの様子なので、わたしも調子を合わせてにぃっと笑ってやると、遠藤くんは笑いながら首を振った。
「ゆきねぇ、誕生日もうすぐだろ? はい。これプレゼント」
 ……へっ?
 予想外の展開に固まってしまった。
「あ、あ〜。ありがとう〜」
 思考回路が復活したので、お礼を述べて受け取った。どれくらい沈黙していたんだろう。遠藤くんがちょっと怪訝な顔をしているよ。
「あはは。誕生日なんか忘れてた〜」
 茶化して言うと、遠藤くんは「あっ」というような顔をした。
 ひょっとして、ヤツのことを思い出させてしまったとでも思ってるのかもしれない。
 うん。確かにそうだけど、なんていうか、未練じゃなくてむかっ腹というか。遠藤くんじゃなくて、本当にわたしが一発殴っておけばよかったって思ってる。
 あ、そういや、この前のお礼……。でもこの話の流れでいきなりその話もないか。
「なんだろ? 開けていい?」
 とにかく今は暗い雰囲気にもっていきたくなかったし、実際、中身に興味があったから聞いてみた。遠藤くんがうなずいたのを見て、包みを開けてみた。
 ……ゲームソフト。前から興味のあったやつ。
 うれしい。うれしいけど、女性への誕生日プレゼントとしては、どうよ? まあしかし所詮は友達だしね。ちょっとは期待したんだけど。
 期待? 期待ってなにを。だから、友達だよわたし達は。
 などと瞬間的にぐるぐると考えるわたしは、結構失礼なやつだと我ながら思ってしまった。
「おぉ〜、ほしかったやつだ。ありがとう遠藤くん」
 ということで、最初に感じた喜びを素直に表現してみた。
「あ、よかった、あってた」
 遠藤くんが、にこっと笑う。わたしが、ちらっとだけ好きだといっていたソフトのこと、一生懸命思い出してくれたんだね。改めて、彼の優しさを見た。
「覚えていてくれて、うれしいよ〜。誕生日も、ゲームのことも」
「ゆきねぇの誕生日って、ぞろ目だから覚えやすいんだよね」
 照れたように遠藤くんが言う。その表情に、どきっとした。
 何をときめいてんだ。やっぱり人の優しさに耐性低くなってるな、わたし。
「そうだよね。月も日も覚えやすいよね。わたしの名前ね、誕生日がちょうど小雪(しょうせつ)って言う二十四節気の日で、そこから取ってきたんだって」
 弱さからくる錯覚を恋だなんて思いたくない。とにかく今は自分を立て直さないと。いつもの自分を取り戻すんだ。
「へぇ、そうだったんだ。小雪って名前、かわいい響きだよね」
 って、いきなり決心くじくようなこと言われたよっ。
「名前はかわいい響きでも、苗字がね〜。東郷小雪ってアンバランスだと思うよ。もっぱら、苗字の力強さがわたしのシンボルだよね。……まあ名前まで力強 かったらそれこそ女捨てないといけないかも、だけど」
 えへへ、と笑うと遠藤くんも笑った。
「またゆきねぇはそんなふうに言う。ゆきねぇだって、女の子らしいよ」
「ありがと」
 ちょっと、なに? 期待するようなこと次々言われちゃってるよ。
 ここはごまかしておかないと、錯覚を信じちゃうよ。
「遠藤くんは? 久史だよね」
「うん。『幾久しく』って意味をこめたって。『し』は、司るっていうのと迷ったらしいけど」
「幾久しく。いつまでもっていう意味?」
「そうそう。人にいつまでも一緒にいたいって思われるような人になってほしいんだって」
「じゃあ、遠藤くんにぴったりだね。友達多いし」
「そうかな〜」
 うん。こうやって取り留めのない話して、楽しくしているのが今のわたしにとって、一番の活力だ。
 ありがとう遠藤くん。この恩は、いつかなんかの形で返さないとね。
 楽しい時はあっという間に過ぎて、そろそろ家に帰らないといけない時間になった。
「それじゃ、遠藤くん、プレゼントありがとう」
「ううん。気に入ってもらえてよかったよ」
「楽しかった。また会ってくれる?」
 すらすらっと出た言葉に、はっとなった。
 そうか、これ、やっぱりわたしの本音なんだ。遠藤くんと、もっと親しくなりたい。
 自覚して、顔がほてってきた。
「うん。また遊ぼう」
 そんなわたしの心の変化はきっと伝わってないね。遠藤くんは軽くうなずいた。

 それから、しばらくの間は女友達よりも遠藤くんと遊ぶ機会が多くなった。まあ遊ぶといっても、ちょっと大学の帰りにお茶したり、だけど。
 なんというか、彼といるととてもリラックスできるんだよね。だから、無理なく自分を取り戻すことができそうで。
 遠藤くんはきっと、ふられたばっかの哀れな女に同情して付き合ってくれているんだろうな。だって、さり気なく「好きな子とかいたら、ちゃんとわたしの誘 い断ってよ?」って聞いても、「ゆきねぇが復活するまではお付き合いするよ」なんて言われたし。
 好きな人、いるのかな? いくらなんでもそれだったらわたしの誘いは断るよね。こんな、カップルが生まれるチャンスな時期に、誤解されたくないだろう し。
 まあいいや。とにかく今は、ちょっとでもたくさん会って、楽しい時間をすごすんだ。
 ということで今日も、大学の帰りに遠藤くんとお茶する約束になっている。大学から繁華街までわりと近いので、ちょっと疲れた体もすぐにいすに落ち着ける ことができた。
 取り留めのない話をしながら、窓の外を見るとすっかりクリスマスムード。さすが十二月半ばだけはある。ツリー、イルミネーション、ディスプレイの中もガ ラスにスプレーで描かれたイラストも、すべてがいやみなくらいにクリスマスだ。あと十日もすれば繁華街どころかそこらへんカップルだらけだねきっと。
 ちょっと、さみしいかな……。今のところ、遠藤くんとそんな雰囲気になれそうにないし。
「あ、……もうそろそろ出たほうがいいよね」
 時計を見て、遠藤くんが気を遣って言ってくれているので、うなずいた。
 本当は、もうちょっと一緒にいたいんだけど。
 ……はっ。だめだめ。贅沢言っちゃ。こうして会えてるだけでも幸せなんだよね。
 心の中でひそかに自分に言い聞かせながら、繁華街を抜けて駅へと向かう。
 住宅街のそばを歩いているときに、遠藤くんがぼそっとつぶやく。
「それにしてもさ……、やっぱり十二月も半ばになると、どこもクリスマスムードだね」
「え? あ、うん、そうだよね」
 答えながら、なんかおかしくなった。普通そういうせりふはもっとそれらしく飾り付けてある場所で言うものじゃない? 一応、クリスマス用に電飾とか飾っ ている家もあるけど、全体的には結構殺風景だよここ。
 でも笑っちゃ悪いのでごまかすために付け足した。
「クリスマスかぁ。今年はつまんない日になりそうだよ。イブなんて日曜日なのにね」
 ま、でも、卒論とかで忙しいからいいか、と言いかけたが、その前に遠藤くんの信じられない一言が聞こえてきた。
「じゃ、二十四日は、二人で遊びに行こうか」
 え? 今、なんて? 二人でって、それって、デート? イブに?
 でも待って、二十四日って言ったよね。お互い独り身だし、わたしはふられたばっかりだからって、同情票?
 などと頭の中で考えながらも、口では即刻OK出してるわたしがいた。
 どうして? どういうつもりで? その一言が聞けなかった。
 変に意識されるのがいやだった。そう問い返して、改めて考えられて、やっぱりやめるといわれるのがいやだった。会わないくらいなら、友達感覚でもいいか ら一緒にいたい。
 わたし、遠藤くんが、すごく好きなんだ。

 クリスマスイブ当日まで、まあそれはいろいろと考えた。考えれば考えるほどに好きなんだと自覚しては舞い上がり、でもきっと遠藤くんはわたしのことを友 達以上には思っていないだろうと考えては切なくなって。
 でも、これからだよね。なんたって、気づいたばっかりだもん。いい具合に仲良くやってるから、これからもっと距離を縮めていけばいいじゃない。
 イブの朝、外に出ると、夜中に雪が降ったらしくて日陰にはまだ小さな雪の塊が残っている。ホワイトクリスマスと呼ぶには頼りない量だろうが、これだけで も結構喜んじゃうものなんだよね。カップルは。あぁ、早くその仲間入りがしたいよ。
 さて、フレアのワンピースとコート、化粧もちょっとして、いつもよりはおめかし状態で出かけた。デート、と呼べるかどうかもなぞだけど、とりあえず京都 の三条で映画を見ることになっている。
 遠藤くんは長袖シャツとジーンズ、ハーフコートという、いつもと変わらない格好。まぁそりゃそうだよね。デートっていうより、休日の暇つぶしなんだろう から。
 映画はアクションもので、カップルが好んで見に行くようなものじゃない。こういうところも、やっぱり友達としてしか見られてないなぁ。さびしい。
 でも十分に楽しめた。笑いあり、ハラハラドキドキのストーリーとアクションにすっかり引き込まれて、映画の後のお茶の席で、遠藤くんと大いに盛り上がる ことができた。
 うん、今はやっぱり楽しけりゃいいや。そのうち、ゆっくりと距離つめちゃうぞ。
 喫茶店を出て、どこに行こうかという話になった。
「とりあえず、人多いし、河原歩こうか」
 遠藤くんが言う。確かに、大通りの歩道はいつもよりたくさんの人でごったがえしている。そろそろ夕暮れも近づいているとあって、カップルや友人グルー プなどが浮かれた様子でゆっくりと足を進めている。
 加茂川の河原は整備されてきたと言っても、結構歩きにくい地面だ。昨夜雪が降ったしぬかるんだり滑りやすかったりするところがあるかもしれない。本当な らあんまり歩きたくないけど、人ごみが苦手なわたしはうなずいて返した。
 では早速とばかりに河原へと向かう。
 河原へ降りて、地面がすっかり乾いていることにほっとしたが次の瞬間、そうだった、と思い出す。ここって、カップルの巣窟なんだよね。なぜか計ったわけ でもないのに等間隔でカップルが腰を下ろしている。川に向かって座って、楽しそうに話をしていたり、人目をはばからずいちゃいちゃしていたり。
「あ〜。なんていうか。いつも以上に多いね〜」
 茶化して言う。てっきり、遠藤くんも笑って返してくれるものだと思ってた。
 なのに、急に歩くのがゆっくりになったかと思うと、真剣な顔になった。
 え? なに? やっぱり後悔した? 恋人でもないのに、二人で遊びに出るんじゃなかったとか。やっぱりこれから二人で会うのはやめようとか、そんなふう に思ってる?
 不安におののくわたしの顔をじっと見て、遠藤くんは、小さな声で、言った。
「ゆきねぇ……。おれら、ちゃんと付き合わない?」
「え。はい」
 と即答で返事してから彼の言葉がじわりと胸に染み入ってくる。
 はい? ……これは夢? それとも都合のいい聞き違い?
 でもそんな否定的な考えは、彼の笑顔が吹き飛ばした。
「あ〜、よかった……」
「え〜。こっちこそ、ありがとう。うれしいよ」
「ほんと? いや、とにかく、よかった〜。あ〜。むちゃくちゃ緊張したっ」
 そこまで喜んでもらえてとってもうれしいやら照れるやら。
 五十メートルくらいそんなやりとりを繰り返して、今度はどうして好きになったのかとか、いつぐらいに意識したのかとか、お互いに暴露大会。
 なんだ、遠藤くんも、二人で会い始めたころから気になってたんだ。ぜんぜん気づかなかった。彼もわたしの気持ちの変化に気づかなかったって、お互い、鈍 いよね。
「そうだ、あのね、いまさらだけど、わたしがふられたすぐ後、サークルであいつのこと殴ってくれたでしょ? うれしかったんだ、本当は。お礼言いたかった んだ。……ありがとう」
「あ、聞いてた?」
 遠藤くんが照れている。
「うん。本当にうれしかったんだよ。わたしのことでそこまで怒ってくれて。考えてみたら、それがあったから遠藤くんのこと意識したんだし……。でも、今日 の約束のこと『二十四日』って言ったから、てっきりその気がないんだって思って気長に構えてたんだよ」
「それは……。実は、あの約束を言い出すのだってすごく緊張してて、クリスマスイブだなんて恥ずかしくて出てこなかったんだ」
 照れ笑いする遠藤くん。ますます表情が崩れている。あぁ、こんな顔してくれるんだ。うれしい。
 ふと、遠藤くんが足を止める。彼の視線の先は、日陰になっていて、すこしだけ雪が残っている。河原の端っこで、でも存在を主張するように、白く輝いてい た。
「雪。まだ残ってた」
 遠藤くんはそう言うと、近寄っていって雪をそっとすくった。少ししか残っていなかった雪は、彼の手の中でゆっくりと溶けていく。完全になくなって、ただ の水滴になったところで、顔を上げると遠藤くんもわたしを見ていた。
「ゆきねぇ。……こんなとき、なんて言ったらいいんだろう。えっと、これから、よろしく。……小雪」
 照れた様子の遠藤くん。最後にわたしの名前を呼ぶ声は小さかったけど、彼の気持ちは十分に伝わってきた。
 だから、彼の手をぎゅっと握って、うなずいた。
「うん。幾久しく、ね」
 彼の名前の由来になぞらえて、でも重くならないように冗談めかして笑うと、彼もうれしそうに笑った。
 彼の手は、雪をすくった後なのに、温かかった。
 温かい、優しい手。
 河原の隅にあった雪のように、縮こまって、それでも誰かに気づいてもらいたいと思ってた、わたしをすくってくれて、ありがとう。
 本格的に雪が降ったら、二人で雪だるま作りたいな、と思った。
(了)

 作品を気に入っていただけたら拍手をください。励みになります。

 あとがき

 この作品はサイトのキリ番77777番をGETされたさくらさんのリクエスト に基づいて書き上げました。
 リクエストから1ヶ月強。これが本来のペースかと思いつつ、最近とても早かったので、なんだかとってもお待たせしてしまった感じがしています。

 前回のリクエスト小説では、キャラクターの名前は春にちなんで「早苗」「さくら」といった名前をつけました。なので、今回は「小雪」にしました。久史く んと一緒に、名前の由来なども考えて話に織り交ぜて、ほぼ予定調和なストーリーにちょっとばかりの隠し味を加えてみたつもりです。

 さて、「クリスマス」「ラブストーリー」「京都が登場」ということで、失恋から次の恋の成就までを書き上げてみました。
 実は、ちょっと実体験が入っていたりします。どのあたりがそうなのかは、照れるので内緒です(笑)。
 ラブストーリーがメインは、ほとんど書いたことがないので、書きやすいように実体験を混ぜたのですが、プロットをくむところから、書き上げるまで「こん なのでいいかなぁ」と、ずっと頭を悩ませていました。
 今も「これで満足していただけるのか」とちょっと不安もありますが、とにかく書き上げることができてよかったと思っています。はぁ、恋愛ストーリーは難 しい……。(いや、何がテーマでも難しいのですが)
 すこしでも主人公達の心が伝わればなぁと思います。

 ではでは。また次の作品で。

2006 年10月24日

リクエスト者感想

 クリスマスの小説をお願いしたので、いろいろとご迷惑をお掛けしたと思いま す。
 一足早いクリスマスプレゼントを頂いた気持ちになりました。
 とても嬉しいです。
 主人公の小雪と久史という二人の名前がとても良いと思いました。
 小説を読んでいて小雪の強さと弱さが伝わってきました。
 「小雪」という二つの呼び方と意味が、小説の中で良い感じで使われていて、とても良いなと思いました。
 小雪と久史の気持ちが重なっているのに、なかなか言い出せない状況になっているのが、もどかしくと思いました。
 優しい久史くんと出会い、そして、つき合うことになる小雪が、とても羨ましく思いました。
 クリスマス・イブから始まる恋というのも良いなと思いました。
 素敵な小説をありがとうございました。

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