守ってくれる人?

 夢の主は高校生の男の子で、すごく活発な人なんだけど、急に体調が悪くなっちゃって治らないらしい。
『元々そこそこの力の夢魔が、贄の生命力を急激に得たことで力が強くなったのやもしれんな』
 前に、強い夢魔は贄を生かさず殺さずにするって言ってたよね。
『そうだ。だがその知恵を持たぬまま力だけを得ている状態だな』
 つまり、ここで倒さないと知恵がついちゃって厄介な存在になるってことか。それは、早くやっつけないといけないね。
 夢の中は、男の子が学校に遅れそうだと走ってるところだ。すごくあせってるけど体がうまく動かないからもどかしいって感じが伝わってくる。
 あー、うまくいかない夢って疲れるよね。
 これも夢魔の影響?
『直接ではないな。体が疲れ、病を得、精神的にもあせりを覚えておるがゆえだろう』
「そっか。早く元気になりたいのにどうにもならない、って気持ちが夢に影響してるんだね」
『それこそが夢魔の好む環境なのだ』
 サロメの言葉を聞きながら、手足をばたばたと苦しそうに動かして走る男の子を見た。
 息苦しそう。早く、こんなつらいのから解放してあげたい。
『来るぞ』
 サロメの警告。景色が、どす黒いマーブル模様に変わった。
 現れたのは、スーツを着た大人の男の人の形をした、とんでもない雰囲気のモノ。
 男の子は、すっかり怯えてしまってその場にぺたんとしりもちをついた。
 多分、夢魔の姿は学校の苦手な先生なんだろうなぁ。
 夢魔が笑う。にやぁって、いやらしく。肌をチクチク刺す嫌な雰囲気が、ますます濃くなった。
「いくよ、サロメ」
 冷や汗が浮かぶ。今までとは違う相手に、ちょっと怖いとも思う。
 けれどわたしがやらないと。倒せなくても、力を弱らせるぐらいはできるはず。
 サロメの柄を握って、引き抜いた。
 夢魔がこっちをみて、またにぃっと口の端を持ち上げる。きもっ!
 と、すごい勢いでつっこんできた。
 夢魔は腕をぶんぶん振って攻撃してくる。こっちが剣で受け止めてるのに全然平気みたい。硬いし、強い。
 相手の太刀筋、いや腕か、とにかく攻撃を何とか防いでるけど攻撃のチャンスがなかなかない。
 ほんとに、今までのとケタ違いだ。
 でも、わたしだって負けてられない。
 首を叩こうと伸びてきた腕をかいくぐって、一歩踏み出しておなかにサロメを叩きつける。これは決まった!
 夢魔は低く唸るような悲鳴をあげた。でもまだ弱ってないみたい。今までのヤツならこの一撃でフィニッシュにつなげられるぐらいのダメージを負っていたのに。
 相手は一歩下がって、唸りながら体を震わせる。
 ……変わってく。
 あっという間に、夢魔の体が膨れ上がって、二メートル以上の巨人になった。顔も凶悪なのに変わってる。
 これが、コイツの正体?
『夢魔に決まった形はないとされている。しいて言うならば、これがこやつの一番動きやすい、力を出しやすい姿、なのだろうな』
 そうなんだ。つまり本気だってことだね。
 夢魔が腕を振る、速い!
 すごい勢いで何度も攻撃される。サロメを打ちつけてなんとかやり過ごすけど、どんどん押されてく。
 攻撃どころか、下手に動けない。どうしよう。
 何とか攻撃の間を縫って、ヤツの足元に踏み込んでから――。
 すごい力が体に加わって、吹っ飛ばされた。
 何が起こったのか判らないまま、地面を転がる。
 痛い、おなかが、体中が。……蹴られたんだ。
 ヤツは足を降ろして、こっちに歩いてくる。
 立ち上がろうとするけど、吐き気がするぐらいの痛みでなかなか動けない。
 何とか膝をついた状態まで持ってった。けど、サロメが手元にない。
 夢魔が何かを拾う。……サロメだ。
 柄と刃をつまむように持って、へし折ろうとしてる。
『ぐ、ぬぅぅぅぅう!』
 サロメの低いうめき声。これヤバいよ。
 木刀を抜く。
 サロメを放せ、このバケモノ!
 つっこんだ。跳び上がって、夢魔の手を打つ。
 けど、殴っても殴っても、サロメを放さない。
『ばかもん、愛良……、逃げんか!』
 サロメの痛々しい声。こんな声、初めて聞いた。それもなによ、いつもは憎たらしいことばっかり言うくせに、こんな時にこっちのこと気遣ってんじゃないよ!
 あきらめない!
 更に高く浮かび上がって、思いっきり魔力を込めるイメージで木刀に集中して、夢魔の目を突いた。
 夢の中に響き渡る夢魔の咆哮! ……やったか?
 暴れまわる夢魔の手が、わたしの体を力いっぱい叩いた。
 地面に叩きつけられて、今度こそ動けない。
 だんだん落ち着いてきた夢魔が、またサロメを折ろうとする。
 ダメだったんだ。……サロメ!
 自分は魔器ひとつ取り返さないぐらい弱いんだ。這いつくばったまま、悔しくて情けなくて、涙があふれてきた。
 何もできないまま、サロメが折られるのを見ないといけないなんて、イヤ!
 誰か、助けて!!
 ……空気が、震えた。
 得意満面な顔でサロメを握っていた夢魔が、目を見開く。
 その驚きの顔のまま、白い光に呑まれて行く。サロメが甲高い音を立てて地面に落ちた。
 何が起こったの?
 夢魔が消えて、眩しい青空の下で、剣を持った男の人が立っていた。
 その人は、ちょっと驚いた顔をして、剣をしまいながらこっちに歩いてくる。
 大学生ぐらいの若い男の人だ。サロメを拾ってわたしの近くに来る頃には、無表情っぽくなってる。
「大丈夫か」
 ささやかれた声はそんなに大きくないのに、すっと耳に心地いい。
 男の人はしゃがんでわたしを助け起こしてくれた。
 この人、狩人なんだ。わたし達を助けてくれたんだ。
 嬉しくなってうなずいて、お礼を言おうとしたら。
「実力以上の夢魔をぶつけるなんて、おまえの夢見は何を考えてるんだ」
 ため息と一緒に吐かれた言葉が、涼しい声に似合わずシンラツだった。
 ムッ。わたしが弱いのは言われる通りだけど、お父さんは無能じゃない。
「お父さんは、父はきちんと、危なかったらすぐに逃げるように言ってくれました。そんなふうに言わないで」
 何も知らないくせに人のことを馬鹿にするような人だから、笑われるかも、ってなんとなく思った。
 けど、その人はまたちょっと驚いた顔をした。何なのよ。
「おまえの夢見って、……牧野|聡《さとし》先生か」
「そうだよ」
「……そうか」
 何その一人だけなんか判ったって顔。なんかムカつく。
 言い返してやろうかと思ったら、すっと目の前にサロメを出された。
「あ……、ありがと……。あの、助けてくれて、ありがとうございました」
 受け取って、この流れだとお礼を言うしかないじゃない。本当は先に言いたかったのに。
 男の人はうなずいて立ち上がった。もうわたしに興味ない、みたいな足取りで歩いてく。
「待って、あなた誰? どうして、どうやってこの夢に来たの? あなたの夢見が送ってくれたの?」
 心の中の質問を、ばぁっと続けて口にした。
 男の人は立ち止まってこっちに振り返った。
「俺は高峰《かたみね》ハルト。どうして来たのかは判らない。気が付いたらここにいて目の前に夢魔がいたから倒した」
 それだけ答えて、その人、高峰さんは行ってしまった。
『夢の中は繋がっておる、という話だからな。あやつらはワシらの危機を察知して来てくれたのであろう』
 サロメが言う。なるほど、たまたまみたいに言ってたけど高峰さんの意思かもしれないんだね。
 ……でも、それでも、あの人と話すとなんか調子狂って、嫌。
 もう助けてもらうことがないように、もっともっと、強くならないと。

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