子犬は飼い主の夢を見るか

 今回はちょっと変わった依頼らしい。
「夢の中に入って戦うのには変わりないんだけどね」
 お父さんが言う。
「贄にされているのが、子犬らしい」
 犬? あの愛玩動物の、犬?
『それ以外になにがおろう』
 すかさずサロメがツッコミを入れてきた。
「だって、夢って犬も見るなんて知らなかったもん」
「犬に限らず、高等な脊椎動物なら見るんじゃないかなって言われてるよ」
 お父さんが、レム睡眠とノンレム睡眠の話をしてくれた。
 脊椎動物はこの二種類の睡眠を繰り返していて、夢を見るのは眠りの浅いレム睡眠の時だって考えられているんだって。
「だから犬も夢を見ていてもおかしくないって話なんだよ。犬を飼っている友達がいるなら聞いてごらん。寝ている時に、寝言みたいな声を出していることがあるっていう犬や猫はいると思うよ。多分、その時に夢を見てるんだろう」
 なるほど、またひとつ賢くなったよ。
『それで、贄とみられる犬はどのような様子なのだ』
 サロメが尋ねた。
「ここ最近、ちょっと元気がなくて獣医さんにかかったけど、最近暑くなってきたから疲れじゃないかな、って言われたらしい。気をつけて様子見していたら、寝言っぽく夜に鳴いていた日の次の日に、決まって元気がないと飼い主さんが言っていたそうだ」
 ふん、とサロメが納得の声を漏らした。
『それは、確かに夢魔の侵食を疑う状況だな』
「でも、前から疑問に思ってたけど、夢見さんのネットワークって広いんだね」
「それが夢見の仕事だからね。いろんな方面に情報網を張り巡らせてるよ。狩人が命がけで戦うように、夢見も一生懸命ってことだ」
 その夢見さんの頑張りに応えないとね。
「わかった。それじゃ、そろそろ行こっか」
 わたしはサロメと木刀を腰に確認して深呼吸した。
 お父さんがいつものように、床に白い渦巻トンネルを作る。
「それじゃ、行ってくるよ」
 サロメの柄をぐっと握って、トンネルに飛び込んだ。
 ……うわ、景色が緑っぽい。で、遠くがぼやけてる。なんか動画から赤系を抜いてピンボケしたみたいな感じ。
『犬の目はあまりよくなくて赤緑色盲だ、ということだからな』
「せきりょくしきもう?」
『緑と赤の色の区別がつかない、と考えればいい』
 ってことは、この景色からすると、赤が赤に見えてないってことか。
『そうだな』
 ふぅん。ちょっと不便かも。
『犬にとってはそうでもあるまい。動く物を見るのは人間の比ではないし、暗視能力もある。それに――』
「うわ、なにこのにおい」
 せっかくのサロメのうんちく話だけど、それよりも、なんとも言えない不快なにおいがする方が気になる。もうそこらへんの匂いが全部一緒になって流れてくる感じ。ほら、臭いものに香水かけたらすごいことになる、みたいなアレ。
『嗅覚もすぐれておる、とは、もう言うまでもないな』
 うん、よくわかった。
 景色は、どこかの公園の近くだ。犬ちゃんの感情としては、きっと散歩中なんだろうね、気分はいいみたい。
 サロメの言った通り、動く物にはすごく敏感に反応していて、それもなんかスローモーションに見える。においは相変わらずで、草や土のにおいはもちろん、溝にたまったちょっとの水とゴミのにおい、近所の家から流れてくるご飯じゃないかなって美味しそうな匂いとかが混ざりまくってて、もうとにかく鼻つまみたくなる。
 このにおいと動体視力から、いろんな情報を得てるんだね。
 めったにできる体験じゃないし興味深いけど、ちょっと長居は、したくないかなぁ。
 突然、上の方から女の人の声が聞こえた。けど、何を言ってるのか、直接的な言葉はわからなかった。でも、家に帰るんだという意識が流れ込んできたから、多分帰ろうって言われたんだろうな。
 飼い主さんの声かな? すごく優しそう。
 犬もちらっと振り返った。リードを持ってる人が見えるけど、顔はあんまりわからないなぁ。
 でもなんか、絆みたいなのは、感じる。
 いいなぁ、って思ってたら。
 来たよ、チリチリが。この感覚、核が来る。
 景色が暗くなってマーブル模様に包まれる。その奥から出てきたのは、でっかい犬だ。
 わたしは犬には詳しくないから犬種なんてわからないけど、すごく怖そうで強そうだっていうのは伝わってくる。
 贄の子犬の脅えが、ビシビシと伝わってくる。
 今まで核は物のことがほとんどだった。しかもなんかコミカルなのが。動物がいても核じゃなかった。
 けど、目の前にいるコイツは、ほんとにヤバそうで、わたしも子犬の感情に引きずられそうだ。
『今までとは格が違うな。気をしっかり持て、愛良』
 うん、わかってる。
 サロメが「核だけにな」とかしょーもないオヤジギャグを飛ばしてこないあたり、本当に危なそうだし。
 愛用の魔器の柄をぐっと握る。気合いを入れて引き抜いた。きらりと光るサロメの刀身が相変わらず綺麗。
 いろんなにおいが混じってるのは相変わらずだけど、精神を目の前の敵に集中してにおいを意識しないようにする。
 サロメを構えて、目の前の夢魔を睨みつける。
 夢魔も、獲物を狙う獰猛な目でこっちを見てくる。
 先に動いたのは夢魔。速い! 飛びかかってきたのをよけるのが精いっぱいだ。
 負けてらんない!
 今度はこっちからだ。振り向きざまサロメを後ろに引きつつ夢魔に突進。そのまま踏み込んで剣を振るうと見せかけて、ジャンプした。
 高々と飛びあがったわたしは上から夢魔の背中を狙う。
 いける!
 そう思った時、犬の背中から何か細いものがたくさん飛び出してきた。なにこれ、針?
 サロメをぶんぶんと振って、なんとか刺さるのは回避できたけど、こっちも攻撃の機会を失って着地した。
「犬のくせに背中から針とか、卑怯くさっ」
『夢魔の形にこだわってはならんということだな』
 夢魔が常識の通じない相手だって、改めて思い知らされる。
 でもこっちだって夢の中じゃ心の強さに比例して強くなれるんだ。くじけてられない。
 子犬から生命力を奪い去ってしまうなんてひど過ぎる。あんなに優しい声の飼い主さんを、悲しませるのもイヤだ。
 また始まる夢魔との攻防。なんか夢魔の前足の爪がのびてるんだけど。もうこうなったら犬じゃないよこのバケモノー。
 お互い、右に左に、上に下に、入れ替わりながらけん制して、なんとか攻撃しやすいポジションに立とうとする。
 ……よし、左が空いてる。
 わたしは相手の左側に回り込もうと一歩踏み出した。
「そっちはだめ!」
 突然聞こえた男の子の声に、びっくりして立ち止った。
 わたしが突っ込もうとしてる所に今までよりもっと太い針が飛んで行く。
 誘われてたんだ。危なかった!
「ありがとっ!」
 引き留めてくれたのは多分子犬ちゃんなんだろう。お礼を言いながら、大きな攻撃の後の隙だらけの夢魔にサロメの切っ先を向けた。
「力を解き放て、サロメ!」
 わたしの声に応じて白く輝くサロメの刀身を、夢魔のどてっぱらに叩きつけた。
 夢魔が光の中に消えて行くと、景色はまた緑っぽい公園にもどった。またいろんなにおいが漂ってくる。
 よかったー。けどこのにおいの渦はちょっとわたしには我慢できない。
「目的達成! 帰ろっか」
 心持ちいつもより早足で、わたしは渦巻トンネルに飛び込んで行った。

 あの夢魔退治から三日経った学校の帰り道で、小さい白い犬を散歩しているおねーさんがいた。
 初めて見る人と犬だ。最近引っ越してきたのかな? とか思ってたら。
 犬が、ちぎれるよってぐらいに尻尾振りながら、こっちにすごいスピードで走ってきた。リード持ってるおねーさんが引っ張られて、慌ててついてくる。
 走ってきた勢いで、犬はぴょんぴょんとわたしの足もとで跳ねてる。可愛い子犬だなぁ。
 おねーさんが戸惑いながら犬とわたしをかわるがわる見てる。
「どうしちゃったの? 知ってるの?」
 ……あ、この声。
 そっか、この子が贄になってた犬なんだ。
 知ってるの? って言うのはわたしにも投げかけられた言葉かもしれないけど、こういう場合はスルーしておいた方がいいよね。
「元気だねー」
 しゃがんで頭をなでながら、よかったねって心の中で言った。
「ごめんなさいね突然。こっちの方に来たがることなんてなかったのに、おまけに、こんなに喜んで人に向かって行くなんてびっくりしたわ」
 おねーさんがあの優しい声で恥ずかしそうに言う。
 この子、わたしのにおい、覚えてたのかな。それで会いに来てくれたのかな。だったら嬉しいな。
「いいえー。こんな可愛い子に懐かれたんなら嬉しいです」
「ありがとう。それじゃあね」
 おねーさんが言うと、子犬ちゃんもまたぴょんっと跳ねてから、おねーさんと行ってしまった。
 今まで、夢魔から解放された贄が元気になったって聞いたら嬉しくなってたけど、こうやって直接会えたら嬉しさも倍増だね。
 わたし達のお仕事は、すごく大切なんだって改めて思った。
 これからも頑張るよっ。


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