壊したのは、守りたかったもの

 お父さんが困った顔をしてる。
 電話で話しながら、頭を掻いて、でも、しかし、って言ってるんだけど……。
「確かに、今の愛良ぐらいなら大丈夫なのかもしれませんが……。まだ大人の世界を知るにはちょっと……」
 大人の世界?
 ま、まさかっ。お昼の奥様方のおとも、昼ドラみたいなドロドロの恋愛模様?
 それとも、裏金やわいろなんかが飛び交う黒いビジネスの話?
 もしかして、わたしの知らない間に、いわゆる修羅場ってやつがうちにやってきてるのっ?
「……お父さん? 何の電話?」
 お父さんの後ろから小さく声をかけてみた。
「うぉわっ? 愛良。いや、ちょっとね」
 お父さん、受話器を落っことしかけて慌てて受け止めて、なんか情けなさそうな顔でわたしを見てる。変なの。
『あら、愛良ちゃんそこにいるの?』
 受話器から、マダムさんの声がかすかに聞こえてきた。電話越しでもやっぱり上品そうなおっとりした声だ。
 なーんだ。夢見のマダムさんからかかってきた電話ということは、夢魔退治の話だよね。びっくりしちゃったよ。よかった修羅場じゃなくて。
「お仕事?」
 お父さんに聞いたら、なんか諦めたように溜め息つかれた。
「受けるかどうかは、愛良が決めるといいよ」
 そう言って受話器を渡してくれた。
 マダムさんから話を聞くと、やっぱり夢魔退治の依頼だった。
『今度の贄(にえ)は、ちょっと複雑な事情があってね。牧野先生は愛良ちゃんには早いっておっしゃるんだけど――』
 贄ってのは、可能性の段階を含めて、夢魔に浸食されている人を言う。
 マダムさんの説明をまとめると、こうなる。
 贄は二十代の女性で、とある会社の社長さんの娘なんだって。最近、婚約をしたらしいんだ。
 いいなぁ、好きな人と結婚なんて、おめでたい話だねー。
 でもその婚約の後で、具合が悪くなって寝込んじゃったらしい。
 最初は、無理な婚約のストレスで倒れたんだ、とか周りの人には思われてたとマダムさんが言う。
「無理な婚約?」
『そのお嬢さんも、とっても元気な方なんだけど、お父様もとても元気な方でね。お嬢さんは付き合ってる人と結婚したいと言っていたんだけれど、お父様がお赦しにならなかったのよ』
「それって……、えっと、政略結婚って言うんだっけ?」
 日本に限らず世界中で、昔はあったっていう政略結婚の話は聞いたことがある。今もそういう風習が残ってるところもあるらしいけど、この現代日本でも、まだあったんだ。
 かわいそうだよね。好きでもない人と仕事のために結婚するなんて。
 ううん、好きでもないぐらいならまだマシだけど、嫌いだとか、性格あわないとか、そんな人とあたっちゃったらもうサイアクだ。
『そうよ。愛良ちゃんは物知りねぇ』
 わーい、褒められちゃった。
 ……いやいや、今はそうじゃなくて。
『それで、なかなかよくならないからお医者様にかかったのだけれど、それでも芳しくないというので、夢見が様子を見に行ったら、夢魔に浸食されていると判断されたのよ』
 元気な人がちょっと弱っちゃったところに付け込まれたんだね。毎度のことながら、夢魔、許すまじっ。
『見てきた夢見が言うには、贄のお嬢さんの弱り方がちょっと早いらしいの。だからできるだけ早いうちに、手の空いている狩人に夢魔を狩ってきてほしい、と、こういうわけなのよ。今夜、空いていて、夢魔の強さにあいそうなのが愛良ちゃんだというので、お願いできるかしら?』
 どんな大人な事情にしろ、夢魔がいて、浸食されてる贄がいて、狩人の助けが必要なら、やるだけだよっ。わたしにできるなら、やるしかない。
「やります!」
『ありがとう。助かるわ』
 ふわふわの上機嫌の声でマダムさんにお礼を言われて、わたしの顔までふわふわになっちゃう。
 はい、とお父さんに受話器を渡すと、お父さんは、やっぱり、って顔でちょっと笑ってる。
「それでは今夜、――はい、うちから出発ということで」
 お父さんがちょっとマダムさんと話をしてから、電話を切った。
「大人の事情って言うから何かと思っちゃったよ」
 受話器を置いたお父さんに笑うと、お父さんは「ちょっと大げさだったかもしれないけど」と言って、仕事を受けるのを渋った訳を話してくれた。
 贄の女の人の話には、もうちょっと詳しい事情がある。女の人はお父さんから付き合ってる男の人と結婚を反対されても、なかなか自分の意見を曲げなかった。そこでお父さんは強硬手段に出たんだって。
 娘じゃなくて、恋人に別れるように迫ったらしい。それも、別れないと酷い目にあわせるって脅しって形で。
 恋人に危害を加えられるのを見過ごすわけにも行かなくて、贄の女の人も、お父さんの言うことを聞いて、結局は彼に別れてって言ったらしい。
 で、二人は別れちゃって、お姉さんは失意の中で親の決めた縁談を承知した、って経緯らしい。
「ひどい話だよね」
「うん。それで女の人は体調不良になって、贄になってしまったんだ。そういう事情だから、夢魔が弱みに付け込むとすると……」
 お父さんが悲しそうな顔をした。
 なるほど、お父さんが渋ったわけが判った。
「その別れたこととか、そういうのを材料にして浸食してるって可能性が大きい、んだよね?」
 夢魔は贄の心の弱い部分をついてくる。今回の贄がどんな悪夢を見ているのかは判らないけど、そういうドロドロの情景や感情が利用されてるとするなら、確かに中一の子供には見せたくないかもね。
 でも、大丈夫。贄がどんな悪夢を見ていようと、夢魔を探し出して倒す。わたしは強くならなくちゃいけないんだから。
「詳しい話を教えてくれて、ありがとう。何も予備知識がないよりずっといいよ。贄の女の人がせめて悪夢から解放されるように、わたし、頑張る」
 ガッツポーズを作って見せると、お父さんは、うん、とうなずいた。
「それじゃ、僕は夜の診察の準備をするよ。愛良は仕事に備えて体を休めておいて」
 そう言うとお父さんは家の隣の病院に向かった。
 よっし、過酷な戦いの前に、お昼寝ならぬ夕寝だ。

「ってことなんだって」
 夢に入る時に、お父さんの部屋でサロメに今回の贄の説明をした。
『ふむ。そういったややこしい事情の者を夢魔が狙うのはよくあることだ』
「どんな事情があるにしても、わたしのお仕事は夢魔を見つけてやっつけることよね」
『お主にしては立派な発言だ、――が』
「が?」
『何故、お主はそのように興奮しておるのだ。何を期待しておる?』
「こっ、興奮とか期待なんてしてないよっ」
 言ってみたけどサロメには筒抜けなんだよね。
 お父さんが首をかしげてる。これはサロメに変なこと言われる前に夢の中に入ってしまえ。
「それじゃ、お父さん、行ってきまーす」
 詮索される前に、お父さんが作ってくれた夢への白い渦巻トンネルに、飛び込んだ。
 ふいぃ。危ない危ない。
『危ういのはお主の思考だ。夢の中で直に昼ドラが見られるかも、などと、嘆かわしい』
 えー、だって、そういうふうに考えないと、贄の人の事情、悲しいじゃないさ。
『……ふむ。ただの野次馬根性でないなら、まぁよい』
 ところで、ふと疑問に思ったんだけど、サロメって結構古臭いしゃべり方なのに、現代のこととかも詳しいよね。
『ナウいだろう?』
「なにそれ」
『むぅ、お主には通じなんだか』
 サロメがちょっとがっかりしてる感じだ。
 ナウいってなんだろうと疑問に思いつつ、夢の中をぐるりと見回してみる。
 ここは、誰かの部屋みたいだけど、アパートの一室かな。言っちゃ悪いけど広くないし古そうだし、あんまり片付いてないしで、素敵な部屋には縁遠いなぁ。
「もう、ちょっと来ないとすぐこれね」
 女の人の声がする。
 見ると、二十代半ばくらいの綺麗なおねーさんが、あきれ顔で立ってる。一目見て、この部屋には似合わない感じなのが判る。こういうのなんて言うんだっけ。
『掃き溜めに鶴、と言ったところか』
 そうそう! って、サロメも結構言うよね。
 おねえーさんが呆れたように、でもなんかちょっと嬉しそうにお部屋の掃除を始めた。ものを片付けて、掃除機かけて、台所で洗い物して……。
 掃除とか面倒くさいのに、どうして嬉しそうなんだろう。
『お主と違って綺麗好きなのだろう』
 余計なお世話だよっ。
「あー、また掃除してる。いいって言ってるのに」
 突然、男の人の声がした。見れば、おねーさんと同じ年くらいのおにーさんがいる。
 うわぁ。この部屋には似合わないイケメンだ! 服装はふつーだけど、背も高いしかっこいいし。
 イケメンさんを見たおねーさんが、ふわぁっと花が開くように笑った。幸せオーラをすっごく出してる。おねーさんを見るイケメンさんの顔も、幸せいっぱいって感じ。
 あぁ、この二人、恋人同士なんだ。子供のわたしにでもすぐに判るぐらいのリア充っぷり。
 おねーさんが嬉しそうだったのって、お掃除が好きって言うよりイケメンさんのお世話ができるから、なのかも。
 いいなぁ。幸せそう。
 でも待って。事前情報を考えるとこの二人って……。
 と考えた時に、チクチクと嫌な空気が漂ってきた。
『来るぞ』
 サロメが言う。
 景色が変わった。夢魔が出てきた時の、暗いマーブル模様の風景に。
「おまえのような男がうちの娘と結婚だなどと、片腹痛いわ!」
 何このおっさんのダミ声っ。きっしょ! こっちまで喉になんかつっかえてる気分になる。
「今、身を引くなら見逃してやるから、さっさと娘と別れろ!」
 いやー、この声いやーっ。
 でもこれが夢魔のしわざなら、負けてらんない。チクチクの気配も濃くなってることだし、きっとすぐに核が現れるに違いない。
「いでよ、サロメ!」
 吐きそうなのをガマンして、サロメの柄に手をかけて、ぐっと握った。
 すらり、と引き抜くと、暗い雰囲気の景色の中でサロメの刃の輝きが一段と綺麗。
 さぁ! 出てこい夢魔の核。ぶった切ってやる!
 できるなら、この声のおっさんそのものは、カンベンしてほしいけど。
『お主がより好みしても仕様があるまい』
 でも、きっとこの声だから、きっしょいおっさんだよ。そんなの斬るの、サロメだってイヤじゃない?
『それは、確かにな』
 認めたっ。
『しかし現れれば斬るのみぞ』
 ごもっともで。
「今ここで、別れると言え。証文に印をつけ!」
「彼女は、なんと言ってるんですかっ」
 さっきのリア充イケメンが、ふっと現れて、力一杯反論してる。
「わたしも、お父様と同じよ。あなたとは、これっきりにするわ」
 イケメンの前におねーさんが出てきた。怖いくらいに、表情がない。
「用がすんだら、さっさと出て行って。あなたの顔なんて見たくない」
 無表情のおねーさんが、なんでか、ほうきを手に持ってる。
 どうしてここでほうき? しかも、見るからに安そうな……。
「待ってくれ。どうして……。親に反対されても二人でやっていこうって言ってたじゃないか」
 うろたえてるイケメンさんに、おねーさんはほうきを振り上げた。
「出てって。出てって出てって……」
 おねーさんがチープなほうきを振りまわす。良家の御令嬢、ご乱心?
 恋人をほうきでバシバシたたくおねーさん、やっぱり表情がない。まるであやつり人形だ。
“ごめんね。こうするしかないの。お父様があなたに危害を加える前に、わたしと別れて”
 夢魔に支配された夢の中に、声じゃない声が響いた。これは、おねーさんの本音かも。
“ごめんね。嘘ついて。裏切って、ごめんね。わたしも、本当はずっとあなたと一緒にいたかった……”
 とっても苦しそうで、悲しそうで、胸がぎゅっと痛くなる。
 あんまりにも切なくて、泣きそうになっちゃう。
 こんな夢、ずっと見続けたら、そりゃ元気もなくなるわ。早く夢魔の核を探して倒さないと。
 わたしは目を閉じて意識を集中させる。心をチクチクと突き刺す気配の場所を探る。
 視覚を閉ざすことで感覚が研ぎ澄まされる。
 そこぉ!
 目を開けた。視線の先にあるのは。
『うむ、あのほうきこそが、夢魔の核だな』
 うん、夢魔の核がアレだってことは判った。でも判らないのは。
 ど、う、し、て、ほ、う、き、な、の、っ?
『ダミ声のおやじでなくてよかったな』
 うん、よかったよ。でもどうしてほうきなのっ? しかも安物のっ。
 どう考えてもこの場面で浮いてるよ、あのほうき。
『理由はよい。お主は夢魔を叩けばよいのだ』
 今までの夢魔の核が、贄のトラウマとかにすっごく関わってたのを知ってるだけに、わたしとしては、どうして今回がほうきなのか、ひじょーに気になるところだけど、ま、今はそれは横に置いておくしかない。
 サロメを構えてほうきに突進する。
 切っ先をほうきに向けて突き出すと、なんと、ほうきが巨大化! すごい力で弾かれちゃったよ。
 やるな。ただのほうきのくせに。百円ショップとかで売ってそうな安物のくせにっ。
 でも、なんとなく判る。わたしの方が力が上だ。これなら攻撃をたくさんしかけたら圧すことができる。
 わたしは地を蹴って跳んだ。ほうきの柄の部分に連続攻撃を繰り出す。
 巨大化したもんだから、そんなに動きが素早くないほうきは、おたおたしてる。
 よっし、いけるっ。
 安物のくせに人の夢に出しゃばって、悲しい思いをさせてることを、後悔させてやる。
『核の姿で格が決まるわけではないがな』
 細かいことはツッコミ不要! ついでに、つまんないシャレも不要!
 サロメを振りかぶって、今度は柄と穂のつなぎ目を狙う。なんとなく、ここって弱点な気がしたから。
 ほうきと刃が激突する。こいつの力はすごいのは判ってるから、今度は心構えができてる。
 つばぜり合いみたいな形になって、ほうきとの力比べだ。
“ごめんね……”
 おねーさんの悲しそうな声を思い出して奮起する。
「うっりゃあぁぁっ!」
 気合いを入れて、ほうきを押し返す。
 サロメを振りきると、ほうきがよろけた。チャンス!
「力を解き放て、サロメ!」
 わたしの掛け声に呼応して、白く輝くサロメの刀身を、思いっきりほうきにたたきつけた。
 ほうきが、光に飲まれて小さな白い粒になって、消えて行く。
“ありがとう”
 気のせいかもしれないけど、おねーさんのそんな声が聞こえた気がした。

 今回は、なんだか重っ苦しい事情があって、疲れたわぁ。お父さんが、わたしにはまだ早いって言ってたのが、なんとなく判った気がするよ。
 最後まで、どうして夢魔の核が、やっすいほうきの形をとってたかは判らなかったけど。
 あの夢の中で、ほうきをふりまわしてたのが実際の姿でなかったことをひそかに願うのは、金持ちのお嬢さんのイメージが壊されたくないわたしの願望だけど、きっと誰だって同じだよね?
 とにかく、これでおねーさんが元気になって、また前向きになってくれたらいいな。



創作お題配布サイト「0-Field」様 
「幻想少女で5つのお題」より
 天下ごめんのお嬢さま
 片恋なんだって
 ワケありな婚約
 嫌がらせ
 壊したのは、守りたかったもの

作品を気に入っていただけたら拍手をください。励みになります。


前へ  次へ
すべては夢のものがたり 目次
感想掲示板  サイトトップへ
inserted by FC2 system