夢と夢魔と狩人と

 一体何を申し渡されるんだろう、とドキドキするわたしを見つめて、ダンディさんはメガネのフレームをくぃっといじって言った。
「狩人になる前に、約束事がある。友達や学校の人や近所の人など、とにかく他の人には夢魔や狩人、夢の世界の話はしないこと。話した方がいいというケースも出てくるかもしれないが、君が狩人としての活動中にそう感じたら、まずはお父さんに相談すること。いいね?」
 ダンディさんが真剣な顔で言う。マジになると策士っぽい迫力倍増で、思わずのけぞってしまいそう。
「約束は守ります。でもどうして他の人に言っちゃいけないんですか?」
 わたしがたずねると、ダンディさんは感心したような顔になった。
「君はどこまで夢にまつわることを聞いているのかな?」
 逆に尋ねられてしまった。
 わたしはお父さんに聞いた夢の話のあれこれを短く説明した。つまり、夢は精神世界で、夢魔はその世界の生き物で、狩人は魔器を使ってそれを倒して夢見は狩人のサポートをする、という、あのごくごく簡単な説明だ。
 マダムさんは、うんうんとうなずいている。ダンディさんは真面目な顔のままだ。やっぱダンディさんちょっと怖いよ。
「夢の世界が精神世界だと判っているなら説明が楽でいい。精神が大きく作用する世界、ということは、つまり夢を見る人の心の影響を大きく受けるということなのだ」
 ダンディさんが眉間にしわを寄せながら説明してくれる。
「夢を見る人の気分で夢の内容も変わるってこと?」
「そう。君も経験があるだろう? 楽しい気分の時には楽しい夢を見る。何か不安に思っていることがあると、その夢を見る。君なら、そうだな。テストで酷い点を取ってしまって叱られたりとか」
 あー、なるほど。
 わたしがうなずくと、ダンディさんもうなずいた。
「夢魔にとって、悪い夢ほど活動しやすい環境ということになる。逆にいい夢の中では、夢魔が弱体化することもあるそうだ」
「その、悪い夢を作りだすのが、夢魔なんだね」
 そして人の心を弱らせて、生命エネルギーを奪い取るんだ。
「その通り。人のマイナスの感情、つまり悲しみ、怒り、恐怖など、暗い感情が見せる夢を夢魔は好む。それゆえ夢魔はターゲットにした相手の、心の弱い部分をついてくる。夢魔がなぜ、どのようにしてターゲットの嫌がる部分を探し出せるのか、そのあたりの仕組みは判っていないのだが、おそらく奴らが精神体であり、夢そのものとも密接に関わっているのではないかという説が有力だ」
 そこから、ダンディさんの演説大会になってしまった。
 夢を研究する学会っていうのがあるらしいんだけど、そこに寄せられたいろいろな学説を並べたてて、夢魔の報告例なんかもたくさん出してきて……。
 夢魔の話には興味はあるけれど、それをずーっと難しい言葉で話されても困っちゃう。
 ふとダンディさんから視線を外して周りを見てみる。
 マダムさんは、にこにことしながらダンディさんの話に時々うなずいている。お父さんとアロマさんは、顔を見合わせて、やれやれって感じだ。もしかして、これっていつものことなのかなぁ。
「で、あるからして、夢魔とは精神体であるという説が有力なのだ。判ったかな?」
 ダンディさんが、メガネのブリッジをくぃっとあげて、きりっとした顔で締めくくった。
「あ、はい」
 ここでうなずいておかないと、また長々と話されそうだからね。
 ダンディさんのドヤ顔と、まわりの空気が完全に切り離されちゃってるけど、そこはもうつっこまない方向で。
「で、夢魔の話を広めてはいけないのは……」
 ぼそっと話の先を促すと、ダンディさんはコホンとひとつ咳ばらいをした。
「そうだったね。夢魔は人の心の弱い部分に付け込み、悪夢を見やすい状態にしてしまうのだ。その影響を受けやすい人が、つまるところ夢魔の『餌』として狙われやすくなる」
 わたしは、あぁ、と手を鳴らした。
「夢魔なんてものがいるって知っちゃったら、自分が狙われちゃうかもって心配したり怖がったりする人が増えるから、餌にされやすくなる、ってことですね」
「その通りだ。君はなかなか飲み込みが早い。さすが牧野先生のお嬢さんだ」
 ダンディさんが腕組みをして、満足そうにうなずいた。マダムさんとアロマさんもにこにこしてる。
 よかった。間違ったこと言わなくて。
「餌となりうる対象が増えると夢魔も活発化する。ゆえに夢魔のことも、我々の活動もできる限り秘密にしなければならない。この説明で十分かな?」
「はい」
 途中の演説がなければもっと判りやすかったのに、って感想は、ダンディさんふうに言うと「無用の情報と判断して隠匿」しておこう。
「それはなによりだ」
 ダンディさんは長い説明で疲れたのか、ひとつ溜め息をついて、お茶をぐいっと飲みほした。
 それが合図みたいに、部屋の中の空気が、ほわっと動いた。
 なんか話を聞いている間、すっごく緊張してたみたいで、肩がこわばっちゃってる。
 リラックスするために、わたしも出してもらったお茶を飲んだけど、すっかり冷めちゃってる。
 マダムさんと目があったら、落ち着きのある大人な笑顔で見つめ返された。
 ダンディさんの講演の最中も、ずっとソファのそばで立ってたアロマさんを見ると、にこーっと笑ってくれた。それから台所に行ってお菓子が盛られた小さなお椀を持ってきて、「よかったらどうぞ」ってわたしの前に置いてくれた。あぁ、癒しだ。やっぱアロマさんは癒しだ。
「それで、愛良の魔器なのですが……」
 隣に座ってるお父さんが、遠慮がちに切りだした。
 せっかくだしてもらったから、と、飴に手を伸ばして口に放り込んでたわたしは、ドキッとして危うく飴を丸のみしそうになったよ。危ない危ない。
「そうだったわねぇ。随分長くなってしまったけれど、夢や夢魔の説明も終わったことですし、そろそろ愛良ちゃんの相棒を探してもらおうかしら」
 マダムさんが優雅なしぐさで立ち上がった。
 気がつけば窓の外は真っ暗だ。うわぁ、もうここに来てから一時間近く経ってる。簡単に紙に書いたらルーズリーフ一枚もあれば足りるようなことを、ダンディさんったら、すごく時間かけて話してたんだよね。
「さぁ、愛良ちゃんをわたし達の仲間に迎える準備をしましょう。いらっしゃい」
 マダムさんがリビングから廊下に出て、すぐ隣の部屋に入っていく。
 一体何が始まるんだろう。もしかして隣の部屋って、何かの儀式のセットがあったりするのかな。
 ごってごてに飾られた祭壇なんかがあって、ろうそくが何本も何本も並べられてて、嗅いだことのないようなお香なんかがあったりして、いかにもーな部屋だったりして。
 そんな、ちょっと怖いけど好奇心で見てみたい気もする部屋を想像して、脚を進めた。

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