夢と夢魔と狩人と

 夜のお勉強タイムもすっかり習慣として身について、夢と夢魔と狩人の知識も手に入れて、次にお父さんがわたしに言い渡した訓練は、体力をつけるための基礎トレーニングと、体の動きをいろいろと考えるイメージトレーニングだった。
「基礎トレは判るけど、イメージトレーニングって?」
「夢の中が精神世界なのは前に話したね。だからこそ、起きて動いている間とは体の動かし方が違うんだ」
「体の動かし方が違うって? 実は歩けなくて宙を飛びまわるとか?」
「そうしないといけないわけじゃないけれど、おまえがそうしたいと思ったらそうできるんだよ」
「へっ?」
「精神世界は、精神の力が肉体よりも優先される。つまり、心に強く願うとその通りに体が動かせるということだ」
 わぁ。それってなんだか面白そう。
 空中を飛びながら夢魔と壮絶バトル。いよいよヒーローものだ。
 まさか強く願ったからって服まで変わるわけじゃないだろうけどね。
 なんて想像しているわたしにお父さんが続けて言った。
「なるべく実践的で、なおかつ常識にとらわれない動きができるようにならないといけないから、きっと愛良が思ってる以上に難しいことだと思うよ」
 実践的で常識にとらわれない、か。確かに難しそうだ。
「じゃあ、剣道とかの道場に通うとか、クラブに入るとかした方がいいのかな。それだと体力もつくし」
「いや、必要ないよ。剣道とかはルールのあるスポーツだからね。基礎体力をつけたり精神鍛錬という意味ではいいのかもしれないけれど、型にのっとった動きだけではダメだ。おまえがやろうとしているのは試合じゃない。夢魔との命を賭けた戦いなんだから」
 お父さんのこの言葉に、心臓が大きく跳ねた。
 命を賭けた戦い。つまり殺しあい……。やらなきゃやられるシビアな世界。
 お母さんは生きてるみたいだけど、今、夢の中でどうしているのかまったくわからない。それは多分、夢魔に負けたからなんだよね。
 お母さん、今どうしてるんだろう。怖くないのかな、寂しくないのかな、痛くないのかな。
 夢魔に負けたら、わたしもどうなるか判らない。死んじゃうかもしれないし、永遠に帰って来られないかもしれない。
 初めて、狩人になることがちょとだけ怖くなった。自然と握った拳が汗ばんでくる。
 お父さんは、ちょっと心配そうな顔になった。
「愛良。怖くなったならやめてもいいんだよ。元々お父さんは、おまえが今、狩人になることに賛成というわけじゃないんだから」
 そうだよね。お母さんだけじゃなくてわたしまでいなくなっちゃったら、お父さん一人になっちゃう。そりゃ賛成なんてできないよね。
 でも、でも。
「ううん。わたし、やる。命を賭ける真剣勝負だということをしっかりと意識するから。やらせて」
 そう、ここで引けない。ただ待ってるだけなんてイヤだから。
 お父さんは、心配そうな顔のまま、ちょっと笑って、うなずいた。
「おまえがそこまで決意してるなら、やってみるといい。けれど愛良、無理だと思ったらいつでもやめていいし、お父さんが無理だと判断したらいつでも止めるよ」
「判ってる。任せてよ」
 ガッツポーズを作って応えた。

 ということで、イメージトレーニングを始めることになったんだけど、何をどうイメージしたらいいのやら。
 とりあえず、格闘技の試合中継とかを見て動きを真似てみる。
 あと、現実にはありえない動きもできるらしいから、アクション映画も。
 あ、この動きかっこいい、と思っても、実際にこんなことしたら、すっごい隙だらけになっちゃうだろうなぁ、とか考えるようになってきた。まさかそんな見方で映画を見ることになろうとは。
 アクション映画好きのさっこちゃんにもお願いして、秘蔵映像を貸してもらったりもした。タイトルだけは聞いたことある古い作品や、タイトルすら聞いたことないマイナーなのもを持ってるんだよね。
「愛良ちゃんがアクション映画に目覚めてくれるなんて嬉しいわ」
 さっこちゃん、すっごく嬉しそう。
 女の子のお友達でここまでマニアックなのを好きなんてそうそういないだろうし、さっこちゃんからすれば初めて得たアクション映画同胞なのかもしれない。
 わたしのトレーニングにもなるし友情も深まる。うん、いい感じ。

 そんなこんなで、年が明けた。
 四月で、わたしは中学生になる。お母さんがいなくなってから一年になるんだ。
 お母さんの手掛かりは、やっぱりさっぱりなくて、最近じゃお父さんはわたしに狩人になるのをやめるかと聞いて来なくなった。本当は止めたいんだろうけど、お母さんを探す人は増えた方がいいとも思ってるんだろうな。
「愛良。今から出かけるよ」
 冬休み最後の日曜日の夕方、急にお父さんからお呼びがかかった。
「どこに行くの?」
「夢見の集会所だよ。おまえの魔器を借りに行く」
 えっ、それじゃあ。
「狩人になるんだよ、愛良」
 そっ、そんなっ、急にっ。心の準備とか全然できてないよ。魔器もどんなものにしようかも決めてないし。
「えっと、えっと、どんな服着てったらいいのかな。持ち物はいるの?」
 あわあわしてるわたしにお父さんは笑った。
「持ち物は特にないかな。服はそのままでいいよ」
「それじゃ、特に準備はないよ」
「なら、行こうか」
 お父さんについて家を出る。車の助手席に乗って、出発だ。
 狩人。狩人になるんだ。今夜からわたし、狩人にっ。
 やばっ、わくわくが止まらない。
 命がけの真剣勝負だって、忘れてない。けど、自分でお母さんを探しに行けるようになるんだって喜びの方が大きいし、まだ見てない夢の世界のことを考えると、恐怖より興奮の方が大きい。
 夢見の集会所か。基本的に夢魔退治の仕事って人に話しちゃいけないって聞いてたし、きっと山奥にひっそりとあったりするんだろうね。それで、仙人みたいな長老様がいて、静かな口調で若い人達に指示を出して、一大事には普段の物静かさとは打って変わって活なんか入れたりしてさ。
「愛良、着いたよ」
 はぃ? まだ車で五分ぐらいしか走ってないんじゃ?
 まさか妄想に浸りすぎて実はすっごい長い時間経ってたなんてことは……。
 思わず時計を見たけど、やっぱり五分ちょっとしか経ってなかった。
 辺りは住宅街で、マンションや一戸建ての家から洩れる明かりが薄暗くなってきた空に柔らかい光を投げかけている。
「こんなに近いの?」
「人の見る夢での活動をサポートする組織が、人のいる所から離れて拠点を構えることもないだろう、ってことらしいよ」
 なるほど。それも一理あるのかも。
 夢見の集会所は日本全国どころか世界中にあって、今訪ねようとしているところは、わたしの住んでる大阪の北河内地域の夢見と狩人のサポートをしているんだって。
 世界規模なんだね。それにしても狩人のサポートもしてるのになんで夢見の集会所なんだろう。
 疑問に思いつつ、お父さんの後についてマンションの一室にやってきた。
 別にこのマンション全部を買い取ってるわけでないみたいで、両隣はふつーの一般家庭みたい。集会所の玄関にも「夢乃」って表札がかかってる。
 お父さんがインターフォンのベルを鳴らすと、若い男の人が出てきた。この人が夢見の集会所の責任者なのかな。
「こんばんは、お待ちしてました」
 男の人がにっこりと笑って出迎えてくれた。優しそうな人でちょっとほっとした。
 部屋の中は、特別変な所もなくて、本当にふつーのお部屋だ。集会所って言うぐらいだから、もっと人がたくさんいるのかと思ってたけど、さっき出てきた男の人と、中年のおじさんおばさん、あわせて三人だけだ。
「こんばんは、牧野先生。この子が狩人志望の愛良ちゃんですね。よろしく愛良ちゃん」
「あ、はい」
 上品そうなおばさんが、手を差し伸べてきたから反射的に握り返した。
 お父さんを先生って呼ぶのは、お父さんがお医者さんだからか、夢見としても先生って呼ばれる立場なのか、どっちだろう?
「さすが先生と絵梨さんのお子さんだけあって、素質がありそうですね」
 おじさんが、細渕のメガネのブリッジをくいっと指で押しあげながらわたしを見てる。うわぁ。この人なんか紳士だけど策士なイメージだよ。
 絵梨さん、か。お母さんの名前、すっごく久しぶりに聞いた気がする。
 それにしても、狩人になるのって魔器を借りればそれでいいのかな。それとも何か儀式でもあるのかな。
 急に新しいことだらけでどきどきだよ。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。魔器を取りに行く前に、お茶でも飲みながら少しお話をしようか」
 若い男の人の笑顔は、思わず心がほわんとなっちゃう癒し系だ。自然と笑顔になっちゃう。
 テーブルをはさんで、ソファにわたしとお父さん、向かいにおじさんおばさんが座って、コーヒーとジュースを運んできたお兄さんはソファの近くで立っている。
 それぞれ自己紹介されたけど、いっぺんに覚えられないからニックネームつけちゃえ。
 上品なおばさんが“マダム”で、紳士で策士系なおじさんは“ダンディ”、癒し系のお兄さんが、うーんと、“アロマ”でどうだっ。
 もちろん本人には言わないけど。
「それじゃ、話を始めようか」
 ダンディさんが切りだした。
 うぅ、この人に真正面から見つめられると、なぜだか緊張マックスだよ。

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