すべてはここから始まった

 わたし、牧野愛良は近所の公立中学に通う、ごくごく普通の中学生。
 ごくごく普通に遊んで、ごくごく普通に勉強もする。
 でも、わたしには人に言えない秘密があるのです。
 実はわたし、狩人だったのです。
 なんてクラスで自己紹介をしたら、ふっるーいテレビドラマを知ってる人にウケるかな。
 いや、おじちゃんおばちゃんにウケるのなんて考えなくてもいいし、第一、狩人だってことはナイショだから言えないし。
 ちょっと浮かれすぎてるな。反省。
 実は今日、入学式。中学生になったんだ。別に学校大好きっ子ってわけでもないけどワクワクするよね。中学校ってどんなところだろうって。
 朝ごはん食べて、新しい制服に着替えて、通学かばんに筆記用具を詰め込んで、いざ、学校へ。
 外に出ると、きらきらした陽の光がわたしを包む。
 うん、なんかいい事ありそう。
 昨日見た夢も近々正夢になってくれそうな予感がするぐらい、気持ちのいい朝だ。
 それに、昨夜は初戦を勝利で飾ったし、ね。
 ……お母さんがいなくなっちゃってから、もう一年になる。
 あの朝のことも、それからのことも、しっかり覚えてるよ。

    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆

「ねぇ、お母さん、昨日はどんな夢魔だったの?」
 小学生だったわたしは、お母さんが実は夢魔と戦う狩人だって知ってから、お母さんの「仕事」の話を楽しみにしていた。今から考えたら、お母さん、きっと子供に楽しく聞かせるために話を盛ってたところもあったと思うけど、わたしの頼みに笑顔で応えてくれていた。
「わたしも、大きくなったら狩人になるよ。お母さんと一緒に夢魔をやっつけるんだ」
 まだ「戦うこと」の本当の怖さを知らないわたしの無邪気だった夢にも、お母さんは笑顔でうなずいてくれていた。
 それが。
 あれは小六に進級した春、といってもまだ寒い日が続く朝だった。
 いつものように学校に行くために起きると、いつもは家の仕事をしているお母さんがいなくて、代わりにお父さんが台所に立っていた。
 お父さんの悲しそうな、心配そうな、そんな顔を見て、すぐにお母さんに何かあったんだって判っちゃった。
「お父さん?」
 おはようも言えなくて、ただお父さんを呼んだ。
「愛良……。お母さんが、帰って来ないんだよ」
 この会話だけ聞いたら、まるでお母さんが浮気でもして勝手に家を出て行ってしまったような、まるでお昼におばちゃんたちが好んで見ているドラマみたいな感じだね。けど、お父さんも夢魔との戦いに協力する人で、わたしもそのことを知っているから、お母さんが夢の中のお仕事から帰って来なくなってしまったんだと、うなずいた。
 不思議と、涙は出てこなかった。
 だって死んじゃったわけじゃないんだもん。ただ何かがあって、夢の中から帰って来られなくなってるだけなんだもん。
 夢の仕事でお母さんのパートナーやってるお父さんは、お母さんの気配のようなものは、まだ夢の中にあるって言ってる。夢の中で死んでしまったとしたら、その気配も感じられなくなるらしいんだ。
 お母さんは生きてる。
 でも、だからって、どうしようもない。
 わたし達はただ、お母さんがいつか夢の中から無事に戻ってくるのを待つしかできなかった。
 他の狩人さん達に、お母さんを探してもらうようにお願いして待ち続けても、全然どこにいるのかの手掛かりもない。
 夏になって、秋になっても、お母さんは帰って来ない。
 わたしはあと半年もしたら小学校を卒業して、中学校に行くってのに。
 このまま大人になるまで、お母さんを待ち続けないといけないの?
 そんなの、いやだ!
「お父さん! わたし決めた。わたし、狩人になる! 今すぐに!」
 お母さんがいなくなって半年近く経った、小六の十月に、わたしは高らかに宣言した。
 お父さんは、ポカンと口を開けてわたしを見た後、はぁと溜め息をついた。
「いつかそう言いだすんじゃないかって思ってたよ。でもまだ早い。おまえはまだまだ勉強もしなければならないし、何より成長期なんだ。睡眠時間を削って夜中に活動する狩人の仕事をさせるわけにはいかない」
 お父さんの反論こそ、わたしの予想通りだった。
「わたしがんばる! 成績も悪くならないように努力するし、狩人の活動のない時は早く寝るから」
 あらかじめ用意しておいた答えを、力いっぱい声に出して、お父さんを真正面から見た。
 じぃっと見つめ合う、というよりは何だか睨みあってるわたし達親子。
 お父さんは、またひとつ、ふぅっと溜め息をついた。
 今度は、何かを諦めたような、そんな感じだった。
「……お母さんを探すのに、協力者は一人でも多い方がいいのは事実だ。けど愛良。夢魔との戦いは、お母さんが話してくれていたものとは全然違う。とっても危険なことだ。おまえがどう思おうと、お父さんが無理だと判断したら止める。それに従えるか?」
 いつもにこにこのお父さんの、これ以上ない真剣な顔。
 ここでうなずかないと、狩人になれない。お母さんを探しに行けない。
「判った。お父さんの言うことは絶対に聞くから」
 だからお願い!
 まっすぐに、お父さんの目を見る。
「よし。それならまず狩人になるための準備だ。そこで音をあげるようじゃ狩人にはなれないよ」
 やったぁ!
「うん。ありがとうお父さん!」
 こうして、狩人になるためのわたしの第一歩が踏み出された。

 さて、お父さんの言うところの狩人になるための準備が、どんなものかというと。
 まずは、寝る準備ができてから夜十時までの勉強タイムの導入だった。
 何これ。成長大事だから早く寝ないといけないんじゃなかったの?
「夢魔退治は夜が基本だ。おまえが狩人になれたら、できるだけ早い時間の仕事を当てるようにするけれど、まずは夜遅くまで活動できる基礎をつけないといけない。……まさか夜に庭で運動させるわけにいかないだろう?」
 確かに。小学生の運動系の習いごとは大体夕方と休日の昼間だし、夜に庭で運動なんて、近所の人に迷惑だ。下手したら虐待だって通報されちゃうことも考えられる。
 おかげで二カ月経ったらテストの点もよくなってきたけどね。そんなにできる方じゃなかったのが、苦手科目でも八〇点を余裕で取れるようになってきた。元々得意だった科目は百点満点が増えたよ。
 ……はっ、まさか、成績下げない約束の元になる成績って、このあがった点数の?
 うわー、お父さん策士っ! にこにこして、のほほんとしてるだけじゃなかった!
「愛良ちゃん、最近調子いいね」
 返って来たテストを見せあいっこして、友達のさっこちゃんがにこにこしてる。
 青井咲子ちゃん、わたしは「さっこちゃん」って呼んでる。
 さっこちゃんは、すらっと背の高い大人っぽい美人さんで、成績優秀、運動神経も抜群のスーパーガールだ。性格は面倒見のいいお姉さんタイプでありながら、大阪人独特のノリもツッコミも心得ていて話も面白い。男の子にはもちろん、女の子にも人気者だ。
「まぁねー。中学行ったら勉強難しくなるから今のうちに追いついておきなさいって、お父さんがね」
「で、勉強してる、と。おばさんがアメリカ行っちゃってから、おじさん、ちょっと厳しい感じ?」
 お母さんが夢の中で行方不明なんてことは言えないから、アメリカにいる親せきのところに急きょ行かないといけなくなった、ってことになってる。アメリカに親戚なんていないのにね。
「そーなんだよ。元々そういうことはお母さんの役目だったんだけど。お父さん、なんか使命感に燃えちゃってる、みたいな?」
「クラスでもウワサになってるよ。愛良ちゃん髪切ったし、テストの点あがってるし、なんかあったんじゃないかって。まさか、失恋とか」
 さっこちゃんがポニーテールを揺らしながら、ひょいと顔を近づけて、こそっと言った。
 髪は、いつでも狩人になれるように、つい最近ばっさりと切ったところなの。でもこれもナイショ。
 まぁ、いきなりセミロングからボブカットになったら驚かれるかな。
「あははは、ないない。誰か好きになってたら、まずその時点でさっこちゃんに相談するよー。髪を切ったのはねぇ、そうだなぁ、女の子だってファイトしたいんだよ、ってことにしておこっか」
「それを言うなら『暴れたい』でしょ」
 ツッコミ早い。十年前の女児向けアニメのキャッチコピー、さっこちゃんも知ってたんだね。レンタルして見てたのかな。
「何にしても、テストの点数あがったんだから、おじさんも一安心だよね」
「だといいけど」
 むしろこれがはじめの第一歩なんだよね。次は何を言い渡されるのやら。

 さてさて、夜の勉強タイムが定着してきた小六の十一月のこと。わたしはお父さんの部屋に呼び出された。
 次はいよいよ体を鍛えるよう言われるのか、と思いきや。
「狩人になるためには、夢と夢魔についての知識が必要だ。大まかにでも知っているのと、全然知らないのとでは大違いだからね」
 げー。今度は夢の世界のお勉強か。勉強ばっかりだなぁ、もう。体動かしてる方が楽なのに。
「また勉強か、って顔だな」
 うっ、図星。
「まぁ最近勉強ばかりだったから無理もないな。愛良にも判りやすいようにできるだけ簡単に説明するから」
 日曜日の午後、お父さんとの勉強会が始まった。
「まず、夢の世界がどういったところか、という話だけど、一言で片づけるなら『精神世界』だ」
 うん、そりゃそうだよね。夢って脳が見せる映像だって話は聞いたことがあるし。
「夢の中がどのようになっているのか、まだまだ謎のことが多いけれど、判っているのはこの世界の人、いや人に限らず、生き物の夢はひとつの精神世界として繋がっているということらしい」
「えぇっ? じゃあ、むっちゃ広いんじゃないの?」
「精神世界だからね。広いという概念が当てはまるのかどうかも判らないよ。どこでどう繋がってるのかも判らないんだし」
 広さというものがないってこと? う、うーん、すでにちんぷんかんぷん。
 お父さんは、あははと笑って、まぁそのあたりのことは今はまだいいよ、と続けた。
「夢魔は精神世界の生き物で、生物の生命エネルギーを得て存在し続けている。その形は様々で、夢魔だからこういう色、形だ、というのは決まってないみたいだ。夢魔自体が精神エネルギー体だという説が有力だけど、今はまだ夢魔が何なのかということは、はっきり判っていない」
 ふむふむとうなずいて、ふと疑問に思ったことを質問した。
「正体が判ってないってことは、夢魔が出てきたのって最近の話なの?」
「いや、少なくとも数百年前からいるらしい。もっと古くからいるって話もある」
「歴史長っ! ……ってか、そんな昔から戦ってて、夢魔のことはまだ判ってないの?」
「何せ夢の中だけのことだからね。しかも会えば戦闘になるし、調べようがないんだろう」
 なるほど。
 となると、記録に残ってないだけで、夢魔は本当はもっともっと古くからいて、狩人達もその頃からいて、一万年前の伝説の選ばれし狩人なんかいたり……、しない?
 うわぁ、真剣な話なのになんだかアニメっぽい設定になってきたぞ。
“精神世界の悪の化身よ、さっさと消えてしまいなさい!”
 なんて、武器を構えて可愛いコスチュームに身を包んだ狩人がポーズ決めて――。
「なんだか愉快なことを考えてる顔してるけど、続けるよ」
「はぁい」
 ぺろっと舌を出したら、お父さんはやれやれって顔になった。
「夢魔と戦う人達には役割があって、お母さんのように直接夢の中で夢魔と戦う『狩人』と、狩人をサポートする『夢見《ゆめみ》』がいる」
「お父さんは夢見なんだよね」
 お父さんはうなずいて、話を続ける。
「まずは狩人だけど、狩人はマキと呼ばれる武器で戦う。魔法の魔に器で、魔器だ」
「なんで魔剣じゃないの?」
「武器が剣とは限らないからだよ。もちろん魔剣もあるけれど、狩人の持つ武器の総称が魔器なんだ」
 そっか。たとえばカンフーアクションみたいにトンファーとか振りまわしてるのに魔剣じゃあわないよね。
「そして夢見は、狩人を夢の中に送るトンネルを作る。その他にも色々できるけれど、今はそれだけ覚えていてくれればいいよ」
 お父さんは、神社でいただけるお札に似たものを出してきた。
「これがマグだ。魔法の魔に道具の具で、魔具」
「もしかして魔具も、いろんな形のがあるの?」
「そうだよ。お父さんのはお札だけど、指輪やペンダントにしている人もいる。つまり魔器も魔具も、魔力が込められるものなら、自分の使いやすいものを使えばいいということだ」
「へぇー。……狩人になったら、魔器はどんなのにしようかなぁ」
 やっぱオーソドックスに剣タイプかな。ナックルとかの格闘系も面白そう。もしかして、飛び道具もあり?
「最初は借りるのがいいと思うよ。それを使って、愛良と相性がよければずっと使えばいいし、やっぱり自分で作りたいってなったら、その時考えればいいよ」
 そこまで長く狩人を続けるならね、とお父さんが付け足した。
「借りる、って、どこから?」
 小首をかしげると、お父さんはにこっと笑った。
「夢見と狩人の活動を支援する組織があるんだよ。お父さんもお母さんもそこに属していて、お母さんを探すのもお願いしている」
 組織か。なんか話がまた大きくなりそうな予感がひしひしとする。
「今、説明するのはこれぐらいにしておこうか。おまえが本当に狩人になったら、それからじっくりと覚えていけばいいし」
「うん、もういっぱいいっぱいだし。これ以上入んないと思う」
 わたしが頭をコツコツと叩いたら、お父さんは楽しそうに笑った。
 あ、お父さんがこんな顔して笑ってるの、なんか久しぶりに見た気がする。よかった。お母さんいなくなってから、お父さん、あんまり心から笑ってないような気がしてたんだ。
「えーっと、つまり、今日のお話を超かんたんにまとめると、夢の世界は精神世界で、ひとつに繋がってて、夢魔はそこに住んでて、狩人が魔器を使ってやっつける。夢見は魔具を使って狩人のサポート、ってことでオッケー?」
 わたしが言うと、お父さんはうなずいた。
「そうだね。今はそれでいいと思うよ」
 よっし、狩人になるためのステップをまた上ったよ。愛良レベルアップ! なんてね。

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