クレイジー・フライヤー

 いよいよ、初陣だ。
 お父さんが部屋の床に作ってくれた白い渦巻トンネルをくぐって、夢の中に行く。
 腰には魔器《まき》サロメと、お母さんの木刀。
 わたしは今、名実ともに狩人になる。

「贄《にえ》は二十歳代のOLさんだ。なんでも、新しい年度に入ってから体調が悪いらしい。きっと職場の環境が変わってのストレスだろうけれど、そこに低級の夢魔が目をつけたんだろう」
 お父さんの事前説明を頭の中で復唱しながら、木刀の柄をぐっと握って、渦巻きの中にジャンプした。
 すたっと華麗に着地して、周りを見ると青空の下の公園だった。すがすがしい風が吹いてそうな雰囲気だ。実際には風は吹いてないんだけどね。
 へぇ、夢の中ってこんなんなんだ。悪夢を見るって言うからもっと怖い感じだと思ってたけど。
『まだ悪夢を見る前の状態だな。夢魔が現れると雰囲気が変わる』
 サロメが教えてくれた。なるほどね。どんなふうに変わるのか、ちょっと怖い気もするけど、夢魔をやっつけるのが仕事なんだし、さっさと来てくれないかな。
 公園の中で子供達が遊んでる。砂場で山を作ってる女の子達、鬼ごっこをする男の子達、無邪気でかわいい。わたしにもこんな時期があったんだよね。
『こんな時期がと振り返るにはまだ尻が青いと思うがな』
 もう、うるさいよ。言葉にしなくても意志が通じるからって、即座につっこんでこないでよ。
 それに、もう蒙古斑なんてないんだからねっ。……多分。
『自信なさげだな』
 サロメが笑う。
「自分のお尻なんて見にくいでしょーがっ。ってか普段から意識して見ないよっ」
 思わず声に出しちゃったよ。はっとなって周りを見るけど、よかった、誰も気にしてない。
『夢の住人には基本的に意思はない。ここで反応するのは、眠りが浅くなっておる夢の主がふとお主の声を聞いて疑問に思った時か、夢に潜んでいる夢魔だな』
 へぇ。一つかしこくなったよ。
『ふむ。……ところで、尻が見えにくいならワシが見てやろうか』
「こ、このヘンタイ!」
『冗談に決まっておろう。お主の青い尻を見て誰が喜ぶ』
「だから青くないってば!」
 サロメの、くっくっく、って笑い声がムカツク。こいつわざとだなっ。
『さて、と。少々騒ぎ過ぎたようだな。愛良、来るぞ』
 えっ? 来る? 何が?
『夢魔に決まっておろう』
 夢魔がいるの? どこどこ?
 きょろきょろしてみるけど、それらしきものはいないよ。
『……お主、どのような夢魔を想像しておる?』
 え? そりゃ夢魔って言うぐらいだから、悪魔みたいなのだったりするんじゃないの?
『夢魔が人型とは限らん。むしろそれはある程度力を持った夢魔だろうから、かけだしのお主にそのような仕事を任せるわけがない』
 じゃあ、どんなのがくるんだろう。
 と思ってたら、なんか飛んできたっ!
 とっさに体をかがめてかわしたら、頭上を何か黒い物体が通過して行った。
 恐る恐る、振り向いてみると。
 やたらでっかいフライ返しとおたまが、宙に浮いてる。
 えーっと、やっぱ二度見ても三度見ても、フライ返しとおたまだよね。結構使い古された感じの、銀がちょっとすすけちゃってる、フライ返しとおたまだよね。
『どうみても、そうだな』
 サロメが肯定した。間違いない、フライ返しとおたまだ。
 これが夢魔? なら、こいつらをやればいいんだね。
『いや、こやつらは核ではないな』
 夢魔には「核」って呼ばれてる、その夢魔の力の源があって、そいつをやっつけないといけないんだ。
 ということは、これは前座みたいなもん?
『そのようだな。ほれ、さっさと叩き潰せ』
 言われるまでもない。何度か飛んできたのをひょいひょいとかわしながら、さぁサロメを抜いて――、って、抜けないっ。
『ばかもん。このワシが雑魚を相手にするか』
「もったいぶってサボるなぁ」
 そんなやりとりの間にも、フライ返しがびゅんびゅん飛んでくる。おたまが降ってくる。さいばしまで追加されちゃったよっ。
 とりあえず木刀を抜く。真正面から飛んできたフライ返しの柄をひと突きだ。物のくせにピクっとけいれんしたっぽく震えて、ぽとっと落ちた。
 あとは周りを飛び回ってるおたまとさいばしと……。
 いきなり、ぱっかーん、って間抜けな音がして、頭にすごい衝撃と、痛みが走った。
 いぃったぁあっ。なによ今の?
 振り仰ぐと、空中に、やっつけたはずのフライ返しが。
『いかにも軽い感じの、いい音だったな』
 サロメが、からからと笑ってる。うるさいよそれどころじゃないよ痛かったよ! 軽そうに見えるくせに何その打撃力。
「もう! みんなまとめて消し去ってやるからっ」
 足に力を込めて、思いっきりジャンプ。空中にとどまって下を見たら、フライ返し軍団がついてきてる。
「うっりゃあ!」
 木刀を振りかぶって、迫ってくる一団にたたきつける。さっきよりも確かな手ごたえを感じた。
『ふむ。ザコは一掃できたようだな。後は――』
 サロメの言葉通り、もうおたま達は消えてしまって出てこないみたい。
 そして、いつの間にか公園じゃなくなった、どんよりと暗いマーブル模様の景色の奥から、出てきましたよ夢魔の核が。……って、フライパンかっ。
 さっきの調理器具達もそうだったけど、このフライパンはそれよりも一層、使い古された感が半端ない。表面のコーティングがはげちゃってるし、そのあたりは何度も焦げ付いちゃったんだろうなって跡もある。こんなになるまで使うなんてよっぽど愛着あったのかな。
 はっ、まさか、買い替えられて捨てられたフライパンの恨みが夢魔と結びついたとか?
 もしそうだとしても、やっつけるしかないんだけどね。
 フライパンが音もなく飛んでゆっくりと近づいてくる。そいつが近づいてくると、なんだろう、この嫌な気分。肌に何かが絶えず触ってるような感じ。胸が押されて息がつまるような感じ。
『さすがに夢魔の核ほどの力の強いものは感じるか。その感覚を忘れるな』
「うん」
『さぁ、今ぞ。ワシを抜け。ヤツを無に帰すのだ』
 よぉっし。いよいよだね。木刀を鞘にしまって、ごくりと唾を呑む。
「いでよ、わが魔器サロメ!」
 サロメの柄をぐっと握って、引き抜いた。
 鞘と峰がこすれる乾いた音がして、サロメの刀身が姿を現す。
 初めて見た時と同じ、吸い込まれるような鮮やかな輝きだ。
 サロメを中段に構えて腰を落とす。
 フライパンが、来たっ。速いっ。
 体をひねってサロメを振るけど、かすりもしない。相手の突進が当たらなかったのはよかったけれど。
 何度かつっこんでくるフライパンを見て、なんとなく動きが判ってくる。でもこっちの攻撃も当たらない。
 よし、次の突撃をかわしたらジャンプして反撃だ。
 狙い通り相手をよけて、ジャンプ。さぁここから――、って、うわっ、なんか投げてきたっ。
 フライパンから飛んでくる何かをサロメで叩き落とす。
『飛び道具が焦げ肉とは、さすがフライパンだな』
 変なとこ感心してないでよ。
「負けてらんない。いっくぞぉ」
 あっちにばっかり攻撃されてちゃどうにもならない。今度はこっちからだ。
 一気に距離を詰めるわたしに、ぶぉん、って重たく風を切るような音を立てて、またフライパンが何か投げてくる。
 これはっ、焼きそば? やっぱ焦げてる。
 サロメで切ったけど、うわっ、切れ端が目にあたったっ。
 目つぶしを食らって思わず動きを止めちゃったわたしは、フライパンを見失った。
 ど、どこっ?
 後ろから嫌な気配を感じて動こうとするけど、遅かった。
 すっぱーん! って、お尻をひっぱたかれた。いったあぁぁぁっ。
 後ろを見ると、いかにもざまぁみろって感じにフライパンがひょんひょんしてる。
「ちょっとどこたたいてんのよこのヘンタイフライパンっ!」
 あるわけないけど、フライパンが舌だして、あっかんべーをしたように見えた。
「むっかつくぅ。いくよ、サロメ。ヘンタイにはお仕置きだっ!」
 お尻がジンジンするけど、無視だ無視。気合いを込めてサロメを振りかぶって突進する。フライパンも真っ向から向かってくる。いい度胸だよ。
「いっけぇぇえぃ!」
 思いっきり振りおろしたサロメの刀身が、白く輝く。これだ。夢魔を無に帰す力。
 振りきったサロメを通じて、確かな手ごたえ。
 光が消えた時には、フライパンはもう跡形もなくなっていた。景色も、元の爽やかな公園に戻ってる。
「終わった……、よね?」
『うむ。初陣にしては、まぁまぁだな』
 やった! 夢魔に勝った! わたしやったよ。
『ほれ、喜んでばかりおらんで、さっさと帰るぞ。ワシゃ疲れた』
 なーにが疲れたよ。ちょっとしか働いてないくせに。
『わしはもう五百歳だからな。あれでも重労働よ。丁重に扱え』
 急に弱々しい口調になったけど、なんかうそくさい。
 まぁいいや。早く帰ってお父さんに報告だ。

 こうしてわたしの初陣は、華々しい勝利に終わった。
 けど、思ってた戦いと違う……。もっと、こう、カッコイイのを想像してたのに。
 さらにさらに、思いもよらない後遺症に数日悩まされたのは、サロメにはナイショだ。
 何があったって? お尻よお尻。ひっぱたかれた所が何だか痛い気がしてさー。まさかあざなんてできてないよね?
「夢の中での怪我は、体の疲労という形で残ることはあっても、怪我そのものは現実世界には引きずらないはずなんだけどなぁ」
 お父さんが不思議がってる。
「痛い気がするだけで疲労の一種なのかもしれないけど。……気になるなら、見ようか?」
「お断りさせていただきます」
 お父さんに見られるのだって恥ずかしいよ。それにサロメはお父さんの部屋にあるから、筒抜けになりそうだし。
 もぅっ。次の戦いではお尻なんかたたかれないように気をつけないとっ。

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