だから、僕は・・・
「東御光のLove Station! さて、今週も始まりました、Love Station。暑い日が続いていますが、みなさんお元気ですか? ぶっ倒れたりしてませんよね? ちゃんと水分塩分補給すること、いいですか? 水分塩分いっぺんに補給するにはどうすればいいかわかります? そう、スイカに塩かけて食うんですよ。誰だ、カブトムシの餌だなんて言ってるのは! カブちゃんはデリケートだから、スイカ食うとお腹壊しちゃうんですよ、知ってます? だから絶対あげちゃダメですからね! さて、僕はですね、昨日から…あれ、これまだ言っちゃダメなんだっけ!? ああ、すみません、今のは忘れて下さい。それじゃ、まずラジオネーム・メリーさんの仔牛さんから…」 俺、東御光、二十八才。職業、声優。高校卒業して声優になるため上京した。親は俺が声優になることに大反対で、卒業間近ギリギリまで説得したけど結局許してもらえず、そんなになりたいなら自力で生きていけ、そう言われ半ば勘当に近い形で家を出た。専門学校の授業料は勿論、生活費の一切までも援助はしてもらえなかったけど、それでも俺の意志が揺らぐことはなく、バイト掛け持ちして専門行きながらオーデション受けて…そんな毎日が五年続いた。ろくに飯も食えず、何度も折れそうになった俺を支えてくれたのは声優になりたい、その思いだけ。実際、啖呵切って家出て来た手前今更実家にも帰れなかったし、何より子供の頃から憧れ続けた夢を諦めたくなかった。 「さて、早いものでもう終わりの時間が来てしまいました。えっ、もう終わりかって? ホントは『サッサと終われ!』とか思ってるんじゃないですか、みなさん? そんなことないですよね、楽しんでくれてますよね? みなさんからのメールの数が! ここ強調しときますが、みなさんが送ってくれるメールの数がこの番組の生命線ですからね! あ、よく『本当に全部読んでいるんですか?』みたいなメール来ますけど、僕嘘は付きません、全部読んでます! って、なんでそこで首振るんですか、吉川p! ホント、本当に全部読んでますからね、信じて下さい。そういうのも含め、全部紹介しきれなくてごめんなさい。ということで、来週もたくさんのメールお待ちしています。お相手は、東御光でした…最近『お口にチャック』って、あんまり言わないよね…」 「はい、お疲れ!」 「お疲れ様です。吉川さん、あそこでああいう振り止めて下さいよ…」 「悪い悪い。それよりさっきの話だけどさ」 「はい?」 「メール紹介しきれないって話」 「はい、それが何か?」 「毎週二、三百通以上来てるんだから、そりゃあ全部番組内で読むなんて物理的に不可能だけどさ」 「はい」 「この番組始まっての皆勤賞さん、えっと『恋したウサギちゃん』だっけ? なんで読んであげないの?」 「なんでって…」 「ダメ出しばっかしてくるから?」 「そんなんじゃないです」 「じゃあ、なんでよ?」 「逆に聞きますけど、吉川さんこそなんでそんなに拘ってるんです?」 「拘ってるってかさ、お前がわざと避けてるような気がしてさ」 「……」 バイトに明け暮れろくに食うことも出来ず、もう俺は疲れ果てていた。声優だけで食っていける人間なんてほんの一握りの選ばれた人間。何度も聞いた言葉。だけど俺はその一握りになりたかった。 夢は夢。所詮夢でしかないのか…そう思いかけていた俺に、突然チャンスが訪れた。戦隊ヒーロー物のオーディションの話が舞い込んできたんだ。 「大して出番ないけど受けてみるか?」事務所の社長の言葉に一も二もなく俺は飛びついた。どんな役でもいい、這い上がるキッカケが欲しい。 無事オーディションに受かり、それからとんとん拍子に仕事が決まった。アニメだけじゃなくナレーションや海外ドラマの吹き替え。こんなに順調でいいのか。これって本当は夢じゃないのか… 影アナが入る。 「本日はご来場頂き誠にありがとうございます。開演に先立ちまして、お客様にお願いがございます…」 人気声優の証と言われている「お嬢様パーティー」俺は今年、初めてオファーをもらい、錚々たる顔ぶれの並ぶ壇上に立つ。 「どの辺にいるのかな…ウサギちゃん…」 今日のイベントに彼女が来ることは事前にわかっていた。初めて当たったと、それは嬉しそうなメールをくれていたから。 袖幕から会場を覗き込んでいた俺の肩がポンと叩かれた。 「どうしたのキョロキョロして。緊張してる?」 大ベテランで、デビュー以来絶大な人気を誇っている林川さんだ。 「東御君、初めてだっけ、お嬢様パーティ?」 「はい。こんなデカイ会場のイベント初めてだから、もう足ガクガクですよ」 「大丈夫。緊張するのは俺も同じだ」 「えっ、林川さんもですか?」 「当然だよ」 「えーっ、意外です」 「どんなイベントも仕事も一期一会。勿論、必ず来てくれるお客さんもいるけど、その時一度だけ、二度と会えないお客さんもいる。だから俺達も真剣に楽しんで、そして楽しんでもらうんだ」 「はい」 「それではただいまより『お嬢様パーティー』の開幕です!」 影アナの声に、会場は異様な興奮に包まれ、あちこちで黄色い歓声が上がる。ウサギちゃんは… それから約三時間。どんな風にイベントが進行していったか何を話したのか、正直よく憶えていない。ただ一つだけ、一生忘れないだろうこと。声優達が各自の言葉でお客さんを、この場合お嬢様をもてなす演出があって、俺はその時、まだ見ぬウサギちゃんを思い描きながら言った。 「これからの、俺の人生は…全部お前にやる!」 誰も予想だにしなかった言葉だったのか、会場は一瞬静まり返り、壇上にいた演者も唖然とした顔を俺に向けた。そして次の瞬間、会場中が黄色い悲鳴に包まれた… 終演後の楽屋は俺の話で持ち切りになり、入れ替わり立ち代わり先輩達が声を掛けてくれた。 「いやー、凄かったね、東御君の台詞。あれ、事前に考えてたの?」 「いえ、あの場に立ってピンで抜かれた瞬間、自然と口をついて…」 「何、彼女来てたとか」 「俺、彼女いないです」 「ホント?」 「もう、大久保さん知ってるじゃないですか。俺のプライベート」 「だな。あはは!」 「ただ…」 「ただ?」 「いえ、何でもありません…」 「東御光のLove Station! さて、今週も始まりましたLove Station。先日の『お嬢様パーティ』ご来場下さったみなさん、本当にありがとうございました。また残念ながら抽選に外れて当日来られなかった方、気持ちはちゃんと届いていましたからね!」 自分が出演したイベント後や、CD、DVD発売前には必ずその話題を振る。業界の決まりごとだ。だから俺も当然感謝の気持ちを述べた。今週来たメールの多くが、俺の台詞に関するものだったが、それには敢えて触れない。というより、年末に発売が決まっているDVDの絡みで、内容は話せないのだ。だからメールを読みながら当たり障りのない話をするしかなかった。 「えっと、先週途中で言うの止めた話あったでしょう? あれね、イベントのことなんですよ。実は! 今月と来月月発売のドラマCD、連動でお買い上げ頂いた方を抽選でトークショーにご招待しまーす! という話でした。だからみなさん、予約お願いしますね!」 今週もウサギちゃんからメールが来ていた。俺が番組で読まないこと見越しているのか、いつものようにさりげないダメ出しと日常の話、そしてイベントが楽しかったことを一言綴っただけの簡素なものだった。 「吉川さん」 「なんだ?」 「トークショーなんですが…」 「ん?」 「何人招待するんですか?」 「ん〜多分、四、五十人だと思うよ」 「そんなに少ないんですか?」 「今さ、光の注目度うなぎ上りなんだよ。タダで何百人呼ぶバカどこにいるんだよ」 「何人招待ってのは言わないんですよね?」 「言うわけないだろう。期待感煽ってプレミア感出して、CD捌こうって腹なんじゃない?」 「そう、ですか…」 「何、ウサギちゃん?」 「ち、違います!」 「誰に当たるかなんて、神のみぞ知る! だよ。お前達に縁があれば当たるだろうし、なければハズレ、そういうことだ」 それから、彼女のことを考える暇さえないほどのスケジュールに忙殺されて、あっという間にトークショー当日を迎えた。 「どうです、入り?」 「いいですよ」 「やっぱり出ましたね、転売」 「まぁ、予想はしていましたけど。本人確認のため集合時間早めましたから。もう、殆どの方来てるんじゃないですかね」 主催者とマネージャーの話をぼんやり聞きながら、俺は久し振りに彼女のことを考えていた。どんな服で来るのかな、髪型は…多分、パンツスタイルのショートヘア。彼女が来る保障は何もない。だけど、絶対来る。俺には予想というより確信があった。 「東御さん、時間です!」 「はい!」 会場に入ると、彼女がいた。一瞬でわかった。一番前の席で、凛と背筋を伸ばし真っ直ぐ前を見据えていた。所定の位置に立ち改めて彼女を見た。想像通りのパンツスタイル。髪は烏羽色のショート。優しい眼差し、柔らかい笑顔に溢れた口元。何もかもが、メールだけでしか想像し得なかった彼女だ。決して美人ってわけじゃない。だけど俺はその一瞬で彼女に、落ちた… それから数ヵ月後… 波の音が遠くに聞こえるテラスで、俺達はただ黙って満天の星を眺めていた。日本じゃ見られない南十字星が見たい、それが奈緒の唯一の希望だったから。 「一つ聞いてもいい?」 「この後に及んでまだ聞き足りない、俺の気持ち?」 「そうじゃない。光の気持ちは信じてるよ」 「だったら、何?」 「どうして一度も…番組でメール読んでくれなかったの?」 そのことか…いつかきっと聞かれるだろう、話さなきゃいけない時が来るだろう。そう思ってはいたけど、まさか今聞かれるとは思ってなかった。 「奈緒のこと、誰にも知られたくなかったから」 「何、それ」 奈緒はケラケラ笑った。 「奈緒のこと誰かに知られたら、こんな日はこないと思った。だから俺の胸にだけ閉じ込めておいたんだ」 「そっか…そうだったんだ」 「だけどさ、誰にも気づかれないように、メッセージは送ってたんだよ」 「うん、知ってた」 「えっ、マジで?」 「私がつい愚痴ったメール送った時、さりげなく慰めるようなこと言ってくれたし、ちょっとキツいダメ出しした時だって、気にしなくていいよみたいこと言ってくれたでしょう」 「あはは、気づかれてたんだ」 「うん…」 「俺さ、絶対奈緒好きになるって思ってた。だから奈緒のこと、わざと避けてたんだよ」 「そっか…」 「…嫌いになった?」 「まさか!」 「俺、こんなんだし、仕事だってもしかしたらなくなるかもしれない。それでもいい?」 奈緒は微笑みながらそっと俺の手を握り締め言った。 「私の目を見て」 「ん…」 「ずっと、一緒だよ。ずっとずっと…」 「うん…もう奈緒だけだから」 「うん」 「俺の今もこれからも全部、全部…」 「うん…」 「奈緒のものだから。もらってくれるか?」 奈緒が大きく頷いた時、箒星が一筋流れた。 (了) |