それでもあなたが好き
彼からメールが来る。優しい通知音の先にあるのは、冷たい文面。 「疲れた。飯、作りに来てくれない?」 急いでガスを止め、私はすぐ返信した。 「いいよ、今行く。待ってて。」 作りかけの夕飯を放り出して急いで家を出る。電車を乗り継ぎ、角のコンビニを曲がった時、狙い澄ましたようにまたメールが来る。いつものことだ。 「タバコ切れた。」 「わかった、買ってくね。」 「ついでにビールも。」 「了解!」 いつものタバコにいつものビール。必ずビール。それ以外は飲まない、私が買う時は。 「ごめん!遅くなって。」 「えー、何、これ。俺が欲しかったの、違うんだけどな。」 「そうなの?じゃぁ、買い直して来ようか。」 「いいよ、これで。新しいの出たから、気利かせてくれるかと思ったんだけど? 期待した俺が馬鹿だった。」 「ごめん、気、利かなくて・・・」 思わず視線を逸らす。 「ご飯、作るね・・・」 「そうして。ああ、俺風呂入って来るわ。」 彼を見送りキッチンへ向かう。そこにあったもの・・・無造作に捨てられたビールじゃない空き缶。私じゃない誰かと飲んだだろう空き缶・・・彼女の存在を隠さないなんて、今に始まったことじゃない。学生の時からずっとそうだった。だから今更・・・なのに・・・ 包丁を持つ手が、涙で翳んで良く見えない。 「っ・・・」 思わず力が入り刃先が指を掠めた。 「痛っ・・・」 「何やってんだよ、ドジだな、全く。」 「あはっ・・・」 「ほら、絆創膏。巻いてやるよ。」 「ありがとう・・・」 どうして、こういう時だけ優しいの・・・だから私は、あなたを嫌いになれないでいる。時折見せてくれる気紛れの優しさと笑顔が忘れられなくて。 「大丈夫だから。ご飯、食べて。」 「お前、飯食ったの?」 「私は・・・」 「一緒に食えば? ほら、ビール。」 「う、うん・・・」 彼がビールを勧めるのは一つの合図。今夜は泊まっていけ、そういうことだ。 何も会話のない食事。バラエティ番組を観ながら笑う彼。これからまた、哀しい現実が待ち受けているとわかっているのに、やっぱり嫌いになれないその笑顔。 「あ、あの、シャワー・・・借りていい?」 「そのままでいい。」 「えっ、でも・・・」 「俺はそのままがいい。」 「じ、じゃあ、これ片付けるね。」 息が詰まりそうで、逃げたくて、お皿をキッチンに運ぶ。 「いいよ、そんなの後で。」 「でも・・・」 「いいから、こっち来いって。」 後ろから抱き締められて、もう抵抗なんて出来ない。首筋に掛かる彼の吐息に、思わず上げそうになった声を必死に飲み込む。 報われない、叶わない、結ばれない、永久に。それでも私は、あなたが好き。 (了) |