でもやっぱり、あなたが好き

 半年ぶりぐらいに会った友人が、挨拶もそこそこににやにやしながら肘でわたしの腕をつついてきたから、何かと思ったら、不意打ちで心にぐさっと突き刺さる冷やかしをしてきた。
「あんた、相変わらず彼氏とラブラブなんだね」
 えっ、と息を呑む。
「実はさぁ、一か月ぐらい前にデートの待ち合わせを見ちゃったんだよねー。駅であんたの彼氏がニヤけてるから何だろと思ったら、ちょっと先にあんたが立っててさ。なんかいそいそって感じであんたんとこ歩いてって自然に手つないで、もう幸せオーラ出まくりだったよ」
 幸せ、だったんだ。
 彼もわたしといて、幸せだって思っててくれたんだ。
 なのに。
『俺の何が悪いわけ?』
 別れよう、って言ったわたしに、彼は怒るわけでもなく冷静に尋ねてきた。
 何が悪いわけじゃないの。あなたはとっても優しいし、一緒にいて楽しいし。
 でも、不安なんだ。ちょっとしたことでもあなたがわたしを嫌いになったりしないか、って。
 わたしなんかよりももっといい女の人はたくさんいるから、そのうちわたしじゃなくて、もっと綺麗で、優しくて、料理がうまくて、頭もよくてあなたの知的な話にきちんとあわせられる人の方を好きになるんじゃないかって。
 どれだけあなたがわたしを好きだって言ってくれても、抱きしめてくれても、心の中でチクチクと、そんな不安が育って行く。
 だって、とっても好きだから。
 わたしの気持ちだけ大きく育って空回りして、あなたの好きがわたしの好きに追いついてこられないんじゃないかって思ってた。
 好きで好きで、だからこそ行きすぎたことをするんじゃないかって、それも怖かった。
 一緒にいる時は楽しいし、ちょっとでも長くいたいと思ってた。
 あなたがデート中には我慢しているたばこを、デートが終わる前の儀式と言わんばかりにゆっくりと吸うと、別れを惜しんでくれているような気がして嬉しかった。
 でもひとりになると、もしかしてあなたは本当は我慢して付き合ってくれているんじゃないかって思ったりした。あなたがいつもと違うようすだと、悲しくて涙があふれてくる日もあった。
 このままじゃ、あなたのことを振りまわして、傷つけてばかりになってしまう。
 だから、別れよう。
 そんなことを涙ながらに話すと、彼は一つ息をついて、判った、って言った。
『俺がどんなに好きだって言っても、態度で示しても、おまえが信じてくれないならもうどうしようもないよ』
 彼の顔も言葉も、冷たく感じた。
 本当に彼が一瞬で冷めてしまったのかもしれない。ほらやっぱりわたしなんか、引き留めるに足らない女なんだ。
 そう思って、フラれた気分になった。言いだしたのはわたしなのに、そんなことはこの時どこかに吹っ飛んでいた。
「あれ? どうしたん? あんたってそういう冷やかし嫌だっけ? ごめんごめん」
 ふと我に返ると友人が心配そうにしている。
 慌てて首を振ると彼女は笑って付け足した。
「でもさ、幸せならいいじゃない。よかったねぇ、いい彼氏で」
「……うん」
 曖昧に笑って、うなずいた。

 その友人との会話ももう一カ月も前。彼と別れて二カ月近く経った。
 あの時、どうしてわたしは実はもう別れたって言えなかったんだろう。
 雰囲気を壊したくなかった? まだ彼氏と付き合ってる幸せ者、リア充だって思われていたかった?
 きっと両方かも。
 自分勝手なわたし。きっと彼に別れようっと言わなくても、遅かれ早かれフラれてたのかもしれない。
 わたしはまだ浮上出来ず、毎日を必死に生きてる。笑顔を作るだけでとっても疲れる。
 彼はどうなんだろう。少しは気にしてるのかな。でも幸せであってほしいと思う。

 寝る前に彼のことを思い出したからか、彼の噂をちらりと聞いたからか、会社に行く準備をしている時から、変な胸騒ぎがあった。
 仕事を終えて家に帰る途中で、見てしまった。
 彼が女の人を連れて歩いているのを。
 手をしっかりとつないで、嬉しそうな笑顔で、何か話してる。
 あぁ、友人が言ってたのって、こういう雰囲気なのかな。幸せオーラが二人の周りを包んでるのが判る。
 よかったね。
 素敵な女の人じゃない。
 彼の隣にいるのは、別れる時にわたしが言ったような人だ。美人で優しそうで服のセンスも良くて、頭が良さそうで、きっと料理もうまいんだろう、って人。
 なぜだか、誇らしい気分になった。
 ほら、やっぱり彼は見る目がある。
 でも、……でも、今、彼のそばにいるのが、手をつないで笑いあってるのが、わたしだったら。
 彼が女の人を連れているのを見て、改めて判っちゃった。
 やっぱり、わたし、彼が大好き。
 今でも、ううん、前よりも。
 人の流れが絶えない雑踏の中で、わたしの周りだけ時が止まった。
 ゆっくりと小さくなっていく彼と彼女さんを、黙って見送るしかできなかった。
 大好きだって言ってくれてたのに、何度も優しく抱きしめてくれたのに、どうして彼を信じることができなかったんだろう。どうやったら信じることができてたんだろう。
 判らない。
 けれど、ひとつだけはっきりしてる。
 あなたはもうわたしを見てくれないだろうけど、それでもやっぱり、あなたが好き。
 時がまた流れて、この想いが昇華される日まで、ずっと好きだよ。

(了)

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あとがき
 この作品は「音楽をお題に小説を書く企画」のために書きあげたものです。
 お題曲は Dreams Come Trueの「好きだけじゃだめなんだ」です。

 「ザ・インタビューズ」で元彼(元カノ)で短編をお願いします。というお題があったので、この曲とあわせて書いてみました。
 音楽小説としては3作とも失恋ソングになってしまいましたが、この曲も大好きな曲なのでお題として書けて嬉しいです。

 恋愛に限らず、自分に対して特に否定的でもないのに相手を信じられないというのは、自分に自信がないからなのかな、と考えながら書きました。
 わたしも、人の好意を素直に受け取れるだけの強さを見につけたいなと思いつつ。

 それでは次の作品で。

 2012年10月31日
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