失恋の後始末
目の前に、最近男にフラれたばかりの女友達がいたら、みなさんどうしますか? そんなアンケートを大学で取ってみたら、どれだけの回答があるだろうか、どんな結果になるだろうか。 おれは、ふとそんなことを考えた。 ここは学食。春の日差しが暖かく窓から差し込んで、すがすがしい気分にさせてくれるはずのおしゃれな空間。 の、はずなのだけど。 おれらのいるテーブルだけは、まるで冬の雲が垂れこめた暗い雰囲気だ。 ここにいるのは、フラれ女の真美と、彼女の友人Aの英子、そしておれの三人だ。ゼミ友ってやつだな。 おれらのゼミはみんな結構仲が良くて、ゼミが一つのグループみたいになっている。時間の合うヤツが適当につるんでるから、多い時は十人ぐらいでぞろぞろと行動してることもある。 で、今日はたまたま、この三人だったってわけだ。 いっつもうるさいぐらいによくしゃべる真美は、今日は来た時からずっとうつむき加減で押し黙ってたから具合でも悪いのかと聞いてみたら、前の週末に彼氏にフラれちまったんだってさ。 真美の彼氏は同学年だけど大学は別のところで、おれは会ったことない。でもちょっと前までは、真美のノロケ話と、彼女の友人の目撃談からすると結構ラブラブだったみたいだ。何がどうなって別れたんだか。 それだけにショックが大きいんだろうな。おれはそういうのとは無縁だからいまいちよく判らないけど。 せっかくの昼飯がお通夜ムードだ。木魚の音が聞こえてきそうだぞ。いや、お通夜に木魚はなかったっけ? 真美の隣に座ってる英子が、真美の肩に手を置いて慰めている。 身勝手なことやって詫びもせず別れる男なんて、今のうちにサヨナラしてよかったじゃない、とか、そのうちもっといい人が現れるよ、とか、いくら言葉を並べても、真美はミディアムストレートのさらさら黒髪を揺らして力なく首を振るだけだ。 彼は身勝手なんかじゃない、本当はいい人だ。フラれたのはわたしに魅力がなかったからだ、って今にも消えそうな声で反論しては、淡いピンクのハンカチを目元に押し当ててる。 あぁ駄目だ。完全に悲劇のヒロインになっちまってる。 でもこうして見ると、結構可愛いんだよな。今まで彼氏もちだったからそういう目で見てないけど、今フリーなら……。 「問題。目の前に男に振られたばかりの女が泣いています。どうしますか?」 「回答。口説く」 って、いやいや、いくらなんでもそれはあまりにも空気読んでない。大体ちょっとかわいいなって思ったぐらいで口説いてたらイタリア人顔負けのナンパ人だ。 しっかし、真美と英子の話を聞いていたら彼氏、いやもう元彼か、酷い男だな。 二股どころかタコ足配線だったらしい。 で、それがばれて、そいつの大本命の彼女に「他の女は整理しろ」と迫られて、真美を含め何人かは別れを切り出されたってことらしい。 噂に聞くドロドロ系ドラマのような話がまさか身近に転がっているとは思わなかったな。 しかしこりゃ、立ち直るまでにかなり時間がかかりそうだぞ。 おせっかいが多いゼミの連中に、余計な首突っ込まれていじくりまわされなけりゃいいけど。 なんて他人ごとのように軽く心配してたら、まさかこんなことになろうとは。 あれから半月経って、太陽はますます眩しくなったけど、真美の落ち込みようは、それはそれは深いものだ。背後に雨雲を背負ってでも大学に出て授業を受けてるってのが不思議なくらいだ。 そんな中、ゼミの連中が集まって「真美を励まそう会」なるものが開かれることになった。 内容は、みんなで酒やつまみを持ち寄って真美の部屋に集まって飲もう、ってものだ。 つまるところ人の失恋の痛手を肴に飲みたいだけなんだな。 正直、そっとしておいてやれば? とも思うけど、当の真美がいいよと言ってるんだから口を挟まないでおく。なんだかんだ言って、彼女もどうにか立ち直りたいとは思ってるだろうから。 真美は大学の近くのアパートに一人暮らしだ。大学と提携してるアパートで住人はみんな大学生だから、ちょっとぐらい騒いだって大丈夫っぽい。あんまりやり過ぎたら怒られるんだろうけど。 じゃあ早速次の週末に、ということになった。その日に都合がつくのは四人ばかりだ。こういう話は決まるのが早い。 で、当日。 土曜日の昼間っから、酒とつまみを用意した連中がどやどやと真美の部屋に押し掛ける。 なんだかんだ言って、おれも来ちまったわけだが。 だって、真美ってどんな部屋に住んでんだろうって、ちょっと興味あったし。 真美の部屋はワンルームマンションの三階だ。階段を上ってすぐの便利そうなところ。壁とかも綺麗だし、結構いいところだ。 「へぇ、結構明るい部屋だな」 「窓大きいね。外がよく見える」 真美に続いて先陣切って部屋に入っていったゼミ友の声が聞こえる。 しんがりを務めるおれが扉を閉める頃には、五人の男女が部屋に輪になって座って、早速酒盛りの準備を始めている。 本当だ、窓が大きくて空がよく見えるから明るい。ちょっと離れた所にある緑の並木がまぶしい。あのあたりに並んでるのは確か桜の木だな。来年の花のシーズンまでにこいつらに知られたら格好の花見スポットにされそうだ。 部屋の床はフローリングで淡いピンクの短いカーペットが敷いてある。部屋の片隅に折りたたみ式ベッドがたたまれて追いやられてる。他には、小さな棚の上にやっぱり小さい目のテレビがあるぐらいか。 結構質素な部屋だな。もっとファンシーなのかと思ってたけど。 「おーい、始めるぞー」 ぼぅっとしてると声がかかったから慌てて友人らの方へ向き直った。 ゼミ友連中が囲んでる木目の机の上にはビールはもちろん、日本酒やワインの瓶なんかも所せましと並んでる。本当に呑む目的だけなんだな、とちょっと笑ってしまった。 真美はというと、にこにこしてみんなにお酌したりしてる。けどあの笑顔は、ちょっと無理してるっぽい不自然さがあると思う。 励まそう会なる飲み会は滞りなく進んで、おれもなんだかんだ思いながらも楽しく酒を飲んでる。結局呑みたいだけだって人のこと言えないな。まぁでもいいよな。本人も嫌がってないし。 「こんなこと」が起こったのは、みんないい気分で酔いが回ってきて、午後の日差しがまぶしく感じ始めた頃だった。 頬を酒気でほんのりと赤く染めた英子が、真美の胸元に手を伸ばした。 「ねぇ、これって元彼からもらったものじゃない?」 彼女が指にからめたのは、金色のネックレスだ。 「えぇー? まだそんなのつけてんの? もう別れたんだし、はずしちゃいなよ」 次に声をあげたのは英子と仲のいい女の子だ。 いくらなんでもそれは真美の自由じゃないか? と思ってたら、英子ともう一人が盛り上がり始めた。野郎どもはポカンと口を開けて成り行きを見守っているだけ。 彼氏とは別れたかもしれないけど使うのくらいいいじゃないか、と思うんだけど、これが男と女の考え方の差なんだろうか。 「そういうのをずっと持ってたり身に着けてたりするから、いつまでたっても元彼のいいところだけ覚えてて未練が残るんじゃない」 「うん、そうなんだろうけど……」 女の子達の言い分に真美はうなずいているが外すことにためらいがあるようだ。彼女らの言うように元彼への未練なのか、物への愛着なのかを真美の顔色から推し量るには、おれには恋愛経験値が低すぎるけれど。 「大体元彼って失礼よね。あんた入れて何人の女の子と付き合ってたの」 「確か、二人や三人じゃなかったでしょ」 「別れる時も悪びれずに、開き直ってたって話じゃない」 やっぱりひどい男だったんだな。 真美は「うん」と憂い顔でうなずいている。別れようって言われた時のことを思い出してるんだろうか。 「そんなろくでもない男からもらったものなんてつけてたら、あんたの価値も下がるよ」 「そうそう。この際だから、元彼からもらったもの全部出しちゃいなさいよ」 女の子達が怒りのボルテージを上げている。それはまぁ友達を思う優しさとしても、元彼からのプレゼントにまでケチつけるのはやりすぎじゃないか? 物に罪はないぞ。 男どもも、ちょっと困った顔で目配せし合ってる。これ止めるべきか? って顔だ。 「ほらほら、さっさと出してー」 「未練の残るものとは、はい、さよならね」 二人に促されて真美もしぶしぶながらって感じでアクセサリーを三つばかり出してきた。 指輪とピアス二つと、さっきつけてたネックレスを入れて四つか。 「ねぇちょっと、なんかこれどれもいいものばっかりじゃない?」 「ほんとだ。指輪の石も小粒だけどすごい綺麗」 「これで本命じゃないんだからすごいわ。本命の女は何もらってたんだろう」 「一カラットぐらいあるダイヤの指輪だったりして!」 英子達がアクセサリーを見て色めき立ってる。 本命じゃなかったけど、それなりに大切にされてたってことなのかな。なんて思ってたら、英子達の矛先はまた鋭く元彼を貫いた。 「こんなのを何人にもプレゼントできるって、相当遊び人だよね。男としてはどう?」 急に話を振られておれらはびっくりだ。 「ま、まぁ、下心ないと本命じゃないのにはいいものはプレゼントしない、かなぁ、うん」 下心ってのは、つまりその、だな。思わずうなずいちまった男のさが。 「うわー、サイテー」 「おれは何股もかけるなんてしないぞっ」 慌てて首を振るゼミ友に笑いが上がった。真美は微苦笑している。 「それにさ、お金どうしてるんだろう。確か大学生だったよね? 親が超金持ちとかじゃない限り、なんかヤバいバイトとかしてるんじゃない?」 な、なるほど……。タコ足配線の相手みんなにこんなプレゼントできるってかなり金持ちだよな。マメなヤツっていいイメージにも取れるけど、この二人は友達を振った男にいいイメージを持たせる気はないらしい。酒で染まった以上に顔を赤らめてるのは怒りの色か? これか、これがネガキャンか。 「ヤバいバイトか。もしかしてクスリ売ってたりして。大学内で持ってて逮捕される奴がたまにニュースでやってるの見るしな」 「それとも遊び相手の何人かからは逆に貢がれていたりして」 男連中もネガキャンに乗ってきた。英子の作戦成功だな。 「とにかく、元彼の未練はさっさと断ち切ること。あんたが元気になるまで、これはわたしが預かっとくよ。いい?」 英子がアクセサリーを指差して言う。鼻息を荒げている友人に真美は、うなずくしかなかったみたいだ。 「そんな、しゅんとしないでよ。あんたが立ち直ったらちゃんと返すし。その時にまたつけるのも、売り飛ばすのも、捨ててしまうのもあんたの自由だよ。軽くなった心でもう一度、これを見る時に決めればいいよ」 英子はそういいながら、にんまりと笑ってアクセサリーを手でそっと大切そうに包み込み、自分の鞄の中をごそごそとやってしまいこんだ。ちらっと見えたけれどジュエリーケースみたいなのを持ってきてたみたいだ。 「アクセが急に減ったら困るでしょ。これ、貸してあげる」 英子がネックレスとイヤリングを出してきた。 すげぇ、用意周到、ってか、もしかしてこれが「励まそう会」の目的だったりするのか? そういや、この話を最初に言い出したのって、英子じゃなかったか? 真美がきょとんとした顔をしてしげしげと英子が差し出したアクセサリーを見つめた後、何かをふっきるようにうなずいた。 「ありがとう。借りとくね」 アクセサリーを受け取った真美の笑顔は、さっきまでの形だけのものじゃなくて本当に嬉しそうだなと思った。 あの「真美を励まそう会」からひと月近く経った。 季節はさらに進んで、新緑に雨粒が降りかかることが多くなったが、真美は対照的にだんだんと元気になってきた。 この調子だと、梅雨が明ける頃には、太陽のような晴れ晴れとした元の真美に戻るだろう。 英子達が元彼のネックレスを外せと迫りだした時はどうなることかと思ったけど、結果的にそれが真美を立ち直らせるきっかけになったんだな。 結局、元彼からもらったアクセサリーは英子から返された後に売っ払ったらしい。その金で新しいネックレスを買ったみたいだ。女ってたくましい! まぁでも、真美が元気ならそれでいいか。笑顔がちょっと前より更に可愛くなったし。 ふと、真美が失恋したての頃に思い浮かんだ疑問がまた頭をよぎった。 「目の前に、最近男にフラれたばかりの女友達がいたら、みなさんどうしますか?」 おれがこんなアンケートを受け取ったら、今ならこう答えるかも。 「物に罪はないけれど、とりあえず元彼にもらった物は全部整理しろとけしかけてみる」 でもまた真美にこんなことはさせたくないな。 ……次の彼氏候補になれるように、ちょっと頑張ってみるかなぁ。 (了) |
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この作品は「音楽をお題に小説を書く企画」のために書きあげたものです。 お題曲は B'zの「だったらあげちゃえよ」です。 企画ページにも書いてますが、これはもともと志水ミコトさんが運営されていたものです。その時に同じ曲で書いたのですが、作品を誤って削除してしまったようなので、新たな気持ちで書いてみました。前回はフラれた女の子のモノローグで枚数も4枚ほどでしたが、今回はがらっと変えてみました。 最初の予定では主人公の男の子がもっと積極的に女の子の痛手を癒そうとする話でしたが、女の友情のひとつの形を男の子の目から見てみるというのも面白いな、と思い、今回の作品となりました。 少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。 それでは、次の作品で。 2012年10月10日 |